334話 テロリストの要求
「はじめまして、リック。それと、聖騎士団長アリーゼ・クロノベルトよ」
魔道具から聞こえてくる声は鋭く、そして、とても冷たい。
人の温もりを感じることができず、心が凍てついているように感じた。
コイツが、テロリストのリーダー……
こんなふざけたことを計画した犯人、か。
「俺の名前は、アシュレイだ。短い付き合いになるかもしれないが、よろしく頼む」
「……わざわざ名前を明かすとは、ずいぶんと余裕ですね。テロを成功させる自信があるのですか?」
テロリストのリーダー……アシュレイの言葉に、アリーゼが応えた。
犯人を刺激しないためなのか、その声のトーンは平常だ。
「それもあるが、自己紹介をした方が話が早いと思ってな」
「……なるほど」
少しの間の後、アリーゼが納得するような声をこぼす。
「どこかで聞いた覚えのある名前と思っていましたが、あなたは、あのアシュレイですか? フィリアだけではなくて、複数の国で指名手配されているテロリストグループをまとめるリーダー……間違いありませんか?」
「間違いない」
「本当に?」
「証明する術はないから、それについてはなんとも言えないな。ただ、アシュレイを名乗る者なんて、そうそういないと思うが」
「……それもそうですね。あなたを、最悪のテロリストと認めましょう」
どんな情報が転がり落ちてくるかわからない。
俺は二人の会話をじっと聞いて、頭の中で情報に組み替えていく。
「俺のことを認めてくれてなによりだ。では、こちらが本気だということ。やると言えばやるということは、理解していただけると思う」
「そうですね」
若干、アリーゼの声に苦いものが混じる。
それだけアシュレイは厄介な相手ということだろう。
あえて自分の名前を告げることで、アリーゼを牽制する。
そして、無駄な問答を省く。
それなりに頭の回転は早いみたいだ。
「さて……俺は回りくどいことは嫌いだ。さっそくだけど、こちらの要求を伝えよう」
「なんでしょうか?」
「まずは、金だ。フィリアの聖金貨で構わない。1万枚、用意してもらおうか」
こいつ、本気か?
聖金貨1万枚といえば、小さな国の国家予算に匹敵するぞ。
「それと、不当に収容されている同志たちの釈放だ。今から名前を言うぞ?」
アシュレイは五人の名前を挙げた。
いずれも聞いたことがないのだけど……
ただ、アリーゼが黙り込んだところを見ると、それなりの大物なのだろう。
いずれもアシュレイに匹敵する悪人に違いない。
「……期限は?」
「ほう、素晴らしいな。大抵の無能なら、そんなことは不可能だ、とか断ればどうするとか、そんなことを口にするが」
「それこそ時間の無駄でしょう? あなたを相手に、それは悪手になります」
「俺のことを理解してくれているようで、なによりだ。期限についてだが、俺は無茶は言わない方でな……三日だ。今の要求を全て、三日で叶えろ」
「わかりました。ただ……」
「わかっている。詳細は後で決めることになるが、同志を一人釈放すれば、人質の一部を解放するなど、こちらも譲歩しよう」
「本当に話が早いですね。助かります」
「では、また3時間後に連絡をして、進捗状況を確認する。すぐに準備を進めることだ」
「ええ、了解です」
ひとまず、交渉はまとまったようだ。
テロリストというと、自分の要求だけを突きつけて、一切譲歩しないというイメージがあったのだけど……
アシュレイに関しては、そうでもなさそうだ。
約束を守るかどうか。
そこの真偽はわからないものの、それなりに誠実なところを見せている。
……テロリストを相手に誠実というのもおかしな話ではあるが。
「さて、聖騎士との交渉は終わったが……続けて、交渉したい相手がいる」
アシュレイの声のトーンが変わる。
今まで以上に鋭く。
今まで以上に冷たく。
その矛先が俺に向く。
「警備員のリックと言ったな? キミと話がしたい」
「……なんだ?」
「応えてくれてなによりだ。無言の魔道具に話しかけ続けることは、滑稽だからな」
「……」
「さて、俺と聖騎士団長との話は聞いていたと思う。ひとまず、交渉はまとまりつつある。キミが余計なことをしなければ、このまま無事に人質は解放されるだろう。言いたいことはわかるな?」
「ああ」
仲間を襲い、魔道具を奪ったことは見逃す。
だから、これ以上余計なことはするな。
そう言いたいのだろう。
「もしも余計なことをするようなら、人質の安全は保証しない。以上だ」
そう言って、魔道具の通信は切れた。
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