32話 本当の決戦
例えば、世界中の悪意を凝縮したような、そんなドス黒い闇。
そんなものが収められた球が地面に叩きつけられて、割れた。
黒い霧のようなものが一気にあふれだした。
死を予感するような強烈な悪寒を覚えて、俺は後ろに跳んで離れた。
しかし、男はその場に留まる。
黒い霧が生き物のように体に絡みついていくが、逃げようとしない。
むしろ、うれしそうに受け入れていた。
やがて、黒い霧は男の全身を包み込んで……
繭のような球体となる。
「これは……?」
「みんなっ、ボクの後ろに!」
ユスティーナの鋭い声が響く。
……ユスティーナの焦っている声なんて、初めて聞いた。
俺たちは迷うことなく、ユスティーナの後ろに回り込んだ。
その瞬間、ユスティーナは竜に戻る。
そして……
「吹き……飛べぇえええええっ!!!!!」
必殺のドラゴンブレスを放つ。
一瞬、世界が白に染まってしまうほどだった。
圧倒的な光が氾濫して、全てを飲み込んでいく。
超々高温の熱波がありとあらゆるものを薙ぎ払う。
教会は一瞬で吹き飛び、地面は縦一直線に抉れる。
倒れている男の仲間のことは一応配慮しているらしく、攻撃に巻き込んでいないが……
余波でゴロゴロと吹き飛ばされていた。
やがて、光が収まり……
「なっ……!?」
黒い繭は変わることなくそこにあった。
「あれだけの攻撃を受けて、無傷だというのか……?」
「ううん、無傷じゃないよ。殻は打ち破ることができたけど……ちょっと遅かったみたい」
「殻?」
ユスティーナは俺の疑問に答えることなく、繭を睨んでいた。
やがて、繭にヒビが入り……
羽化する。
現れたのは……竜だ。
ただし、まともな竜ではない。
体のあちらこちらが腐り、悪臭を放っている。
ドラゴンゾンビだ。
「人間が竜に……?」
「あの男が持っていたものは、竜の心核っていうものだよ。竜の魂が物質化したもので、それを取り込むことで、人も竜になることができるんだ」
「そんなものがあるなんて、初めて聞いたぞ」
「機密情報だからね。普通の人は知らなくて当然だよ」
「ということは……あの男は竜になった、ということか」
「うん、そういうこと。心核に問題があったみたいで、ゾンビ化してるけど……それでも、ボクのブレスを防いじゃうくらいには強い相手かな。まったく……心核なんて簡単に手に入れられるものじゃないんだけど、どこで手に入れたのやら」
軽い口調で言うが、ユスティーナはドラゴンゾンビから一時も視線を外さない。
それだけの相手……ということか。
「アルトたちは、そこらに転がっている人を連れて安全なところに。アレは、ボクがやるよ」
「足手まといになりそうだから、そうした方がいいのかもしれないが……俺たちにでもできることはありそうだ」
ドラゴンゾンビの負のオーラにあてられたのか、続々と魔物が集まり始めた。
ユスティーナにとっては大した敵ではないだろうが……
ドラゴンゾンビとの戦いの最中、邪魔をされて、万が一……という事態もありえる。
「ユスティーナは、あのデカブツを頼む。悔しいが、今の俺ではどうにもならない。ただ、その他の雑魚は任せてくれ」
「アルト……でも、ボクは……」
「一緒に戦おう」
「っ」
ユスティーナが驚いたように目を大きくして……次いで、コクリと頷いた。
「うんっ、そうだね! 一緒に戦おう!」
「ああ」
――――――――――
真の決戦が始まる。
ユスティーナはドラゴンゾンビと激突して……
俺たちは、カルト集団の人々を安全な場所に移した後、群がる魔物の群れを掃討する。
この辺りに強力な魔物は生息していないので、力で劣ることはない。
ただ、数が厄介だった。
どこにこんなに潜んでいたのかと呆れるほどの数が現れて、倒しても倒してもキリがない。
「アルトっ、そっちは大丈夫か!?」
グランは剣を振るいながら、厳しい声で問いかけてきた。
俺も槍を回しながら答える。
「これくらいなら問題ない!」
「これだけの数の魔物を相手にして、これくらいか……か。とんでもなく成長したな、アルトは」
「ちょっと兄さんっ、感心してないで、どんどん倒してよ!」
俺とグランとジニー、三人で武器を全力で振り回す。
魔物を大量に蹴散らしていくが、その分、新しい群れが現れる。
「アルト、このままってのは厳しくないか? 誰かが騎士団か、竜騎士へ応援を頼んだ方がいいんじゃないか?」
「いや、できればそれは避けたい。相手が魔物だけではなくて、ドラゴンゾンビも含まれているっていうのは、色々な意味で厄介だ。ゾンビとはいえ、竜を敵にして戦う……アルモートでそんなことをしたら、信頼関係にヒビが入るかもしれない。あるいは、他のカルト集団を刺激するかもしれない。考えすぎかもしれないが……念の為、できる限りは、この場は俺たちで収めたい」
「そういうことなら仕方ねえか!」
「あのドラゴンゾンビが消えれば魔物の応援もなくなるだろうし、エルトセルクさんに期待するしかないわね!」
魔物と戦いながら、ユスティーナを見る。
ユスティーナはドラゴンゾンビとぶつかり、その巨体を吹き飛ばす。
倒れたところにのしかかり、大木のような腕を振り下ろした。
腐った肉がえぐれ、ドラゴンゾンビが悲鳴をあげる。
ユスティーナは一気に押し込もうとするが……
ドラゴンゾンビは全身をデタラメに動かしてユスティーナを弾き飛ばし、反撃に出る。
体が腐っているから、リミッターなどが解除されているみたいで……
ユスティーナに匹敵するほどのパワーを得ているみたいだ。
だとしても、ユスティーナに敵うはずがない。
ユスティーナは、神竜バハムートなのだ。
まだ若いとしても、その力は圧倒的であり絶対的。
普通なら、ドラゴンゾンビに遅れはとらないはずなのだけど……
「こっ……のぉおおおおおぉ!!!」
戦うユスティーナの声に、わずかに焦りの色が含まれていた。
一気に勝負を決めることができない、もどかしさを感じているみたいだ。
「おい、アルト。エルトセルクさん、もしかして苦戦しているのか?」
「信じられない……あのドラゴンゾンビ、バハムートに匹敵する力があるっていうの?」
「……いや、そうじゃない」
竜騎士になることを夢見た時から、色々な勉強を重ねてきた。
竜のことも詳しく調べた。
その知識の中に、ドラゴンゾンビのものも含まれていて……
「たぶん、ユスティーナは、ドラゴンゾンビをまとめて吹き飛ばす機会を伺っているんだ」
「吹き飛ばさないとダメなのか?」
「ヤツは、ゾンビの特性も持ち合わせているから、再生力が高い。下手な攻撃では、致命傷を与えることができない。そして、無闇に追いつめると刺激してしまい、無茶苦茶に暴れるかもしれない。俺たちが敵視されるかもしれないし、逃げて、街に被害を出すかもしれない。ユスティーナはそのことを懸念していて、チャンスをうかがっているのだと思う」
俺たちのことを気にしすぎていて、勝負に出ることができないのだ。
「くっ」
ひどくもどかしい。
一緒に戦うといっても、結局、ユスティーナの足を引っ張ってしまうなんて……
いや、ダメだ。
現実を受け止めて、仕方ない……と、諦めることなんてできない。
そんなことをしてはいけない。
諦めないことが大切だと、俺は学んだはずじゃないか。
抗う心が大切だと、そう知ったはずじゃないか。
なら……俺がやるべきことは一つだ。
「グラン、ジニー。この場を二人に任せてもいいか?」
「おうっ、任せろ!」
「私たちの分まで、ガツンと一発、かましてきちゃって!」
二人共、すぐに俺の考えを察してくれたらしく、頼りになる顔で笑ってみせた。
ホント、良い友達だ。
「任せた!」
俺は槍を力強く握りしめて、ユスティーナのところへ駆け出した。
――――――――――
「ちっ」
ユスティーナはドラゴンゾンビと戦いながら、思わず舌打ちをしてしまう。
力は大して強くないが、再生力に優れているためか、非常に固い相手だ。
周囲の被害を考えなければ、すぐにでも圧倒できるのだが……
そんなことをすればアルトたちを巻き込んでしまう。
故に、一撃必殺を狙うしかない。
しかし、なかなかにその機会が訪れることはなくて……
戦いは長引いていた。
どうするか?
ユスティーナが迷った時……
「アルト?」
回り込むようにドラゴンゾンビと距離をつめるアルトの姿が見えた。
一度、アルトはユスティーナを見た。
それだけで、ユスティーナはアルトがなにを考えているのか察した。
愛の力だ。
……なんてことを、ユスティーナは真面目に考えていた。
なにはともあれ。
決着の時が来る。
ドラゴンゾンビが吠えて、ユスティーナに向けて突撃をする。
傍らのアルトに気づくことはない。
アルトはその隙をついて、高く跳躍をした。
空を飛ぶように舞い上がり、くるりと反転。
槍を構えながら落下して……ドラゴンゾンビの腐った目を貫いた。
ドラゴンゾンビが悲鳴をあげて、痛みに苦しみ悶える。
体は腐っていても、痛覚はきちんと存在するらしい。
暴れ回るドラゴンゾンビに巻き込まれないように、アルトは素早く離脱した。
そして……
最大のチャンスが訪れる。
ユスティーナが待ちに待ち望んだ瞬間。
限界まで力を溜めて……一気に解き放つ。
「これで……終わりっ!!!」
本日、二度目のドラゴンブレスだ。
周囲に配慮した一撃目とは違い、さらに威力を高めた、それなりに本気の一撃だ。
光の奔流がドラゴンゾンビを飲み込み、浄化するように、その体を塵に分解していく。
抗うことなどできず、ドラゴンゾンビはそのまま消滅した。
「ふぅ」
戦いが終わり、ユスティーナは小さな吐息をこぼした。
それから、人の姿に変身をして……
「アルトっ、やったね!」
「ああ」
アルトと華麗にハイタッチを交わすのだった。
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