310話 参上
「まずい!?」
この勢いだと、三十秒もしないうちに崖に達してしまう。
崖の手前には柵が設置されているものの、暴走する馬車の突撃に耐えられるような設計になっているとは思えない。
このままだと柵を突き破り、一緒に落下してしまうだろう。
どうにかして止めないといけないのだけど、人を巻き込まないように、進路を微調整することで精一杯だ。
それ以上は難しい。
やはり、強引に止めるしかないか……?
「あれは……!?」
道の先に人影が見えた。
こちらに気がついていないのだろうか?
逃げる様子はない。
「そこにいたら危ない! 早く……」
逃げろ、と言おうとして、ふと気がついた。
人影……彼女について、俺は、とてもよく知っていることを。
人影の正体は……
「ククル!?」
背中に大剣。
白く輝く鎧に身を包み、完全武装のククルが仁王立ちしていた。
「……」
驚くこちらをよそに、ククルは無言で背中の大剣を抜いた。
両手でしっかりと握り、刃を前に構える。
まさか……
これ以上の被害を出さないために、馬を斬るつもりか!?
そんなことをするくらいなら、イチかバチか、強引に馬を止めてしまった方がまだ……いや。
ククルは優しい女の子だ。
聖騎士で、国と民の安全を第一に考えないといけない立場だとしても……
それでも、救える命を見捨てるようなことは絶対にしない。
どうしても、やむを得ない時ならば、非情になって刃を振るうこともあるだろう。
でも、今はまだ、その時じゃない。
俺は、ククルを信じて、全て彼女に任せることにした。
もちろん、万が一に備えて、いつでも動けるように体勢は整えておくが。
「すぅ……」
遠目だけど、ククルが呼吸を整えるのが見えた。
心を整えて、力を練り上げていくのがわかる。
大剣を掲げ、
「はぁっ!!!」
馬車との距離がまだ大きく開いているにも関わらず、ククルは大剣を振り下ろした。
ゴォッ!
大剣が振り下ろされた勢いで、空気が震えて、衝撃波が発生した。
道にある物を吹き飛ばしつつ、衝撃波がまっすぐに飛ぶ。
「くっ」
衝撃波に飲み込まれた。
烈風が体を叩いて、ピシリと肌が切れる。
まるで、竜巻に襲われたかのようだ。
一瞬の浮遊感。
そして短い間だけど、上下左右の感覚が失われる。
「!!!?」
そんな状況に馬が耐えられるわけがなくて、バランスを崩した。
四本の足をもつれさせるようにして、急激に速度が落ちていく。
ともすれば転倒してしまいそうだけど、そこは運が良かったのだろう。
最後まで転倒することはなくて……
崖の手前で、馬は足を止めた。
このチャンスを見逃すわけにはいかない。
俺はすぐに馬から降りて、まずは馬車との連結を解除した。
それから、近くの家からロープを借りて、馬と木を結ぶ。
「ふう……これで、なんとかなったか」
危ういところではあったが、なんとか馬も助かった。
まだ興奮状態が続いているが、後は、この国の騎士団に任せよう。
「アルト殿!」
ククルがこちらに駆けてきた。
とても申しわけなさそうな顔をして、頭を下げる。
「申しわけないのであります! あんな強引な方法をとって……でもあれは、アルト殿なら大丈夫だという確信というか、信頼というか……」
「ククル」
「はい……?」
「ナイスだ」
「……はい!」
どこかほっとした様子を見せつつ、ククルはにっこりと笑うのだった。
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