30話 後始末
あんな性格をしているものだから、ジャスはあちらこちらで嫌われていたらしく……
俺がジャスを倒すと、みんな、喝采をあげて喜んだ。
いつかのユスティーナの感想と似ているが、現金なものだなあ、と思ってしまう。
まあ、ジャスを倒したことで、俺のような目に遭う人を減らすことができた。
それでよし。
そう考えることにしておこう。
「アルト!」
「アルト君!」
「グラン! ジニー!」
授業が終わった後、グランとジニーと合流することができた。
廊下で再会を祝い、そのまま話をする。
話を聞くと、朝、ジャスの手の者にさらわれたらしい。
そのまま、郊外の廃屋に閉じ込められていたとか。
ただ、ジャスがなにかしらの手を使うことを予測していたユスティーナは、あらかじめ仲間の竜を確保。
いつでも動けるように待機させておいて……
グランとジニーを助けたらしい。
さすがというか、なんというか……
ユスティーナに助けられてばかりだなあ、と思う。
もっともっと強くならないと。
そんなことを思う。
「二人共、大丈夫なのか?」
二人は何度も転んだような感じで怪我をしていた。
重傷というわけではないが、それでも、血が出ているところを見ると、痛々しい気持ちになる。
しかし、グランもジニーもへっちゃらというように笑ってみせる。
「おう、これくらいなんともないぜ」
「むしろ、アルト君に迷惑をかけちゃったことがもうしわけなくて……私たちを捕まえて、ラクスティンがなにかしたんでしょう? 例えば、わざと負けろとか……」
まさにその通りなので、ついつい反射的に頷いてしまう。
「そっか、やっぱり……ホント、ごめんね!」
ジニーが頭を下げて、グランも頭を下げる。
「最後の最後で、アルトの足を引っ張るなんて、ホントすまん!」
「お詫びというか、私たちにできることがあれば、なんでもするから!」
「いや、そこまで気にしなくても……」
「それじゃあ、俺たちの気がすまねえんだ!」
「なんでも言って! もちろん、できないこともあるけど……できる限りは、要望に応えてみせるから!」
このままだと、二人共、土下座しそうな勢いだった。
本当、気にしていないのだが……
むしろ、二人にはたくさん助けてもらった。
話を聞いてくれた、特訓を手伝ってもらった。
そして……友達になってくれた。
ユスティーナは、友達というか……
友達以上恋人未満というような微妙な関係なので、なんともいえない。
純粋な友達は、学院では二人が初めてだ。
それは、どれだけ心強かったか。
どれだけ温かかったか。
二人が傍にいて、笑ってくれることで、俺はたくさん救われてきたと思う。
まだまだ短い付き合いだけど……
それは、ハッキリと断言することができた。
「なら……これからも仲良くしてくれるとうれしい」
「それだけ……なのか?」
「それだけだ。俺が望むものなんて、それ以上のものはない」
「ふふっ、アルト君らしいね」
「こちらこそ、これからもよろしくな!」
「よろしくねっ、アルト君!」
三人で笑顔を交わして……
それから、交互に握手をした。
今回の一件では、ジャスに絡まれて散々だったけれど……
グランとジニーとの友情を深めることができて、ある意味では、アリだったのかもしれない。
まあ、そう思わないとやってられない、っていうのもあるかもしれないけどな。
「ところで……エルトセルクさんはどうしたんだ?」
「それ、私も気になってたのよね。結局、アルト君が勝ったのよね? エルトセルクさんのことだから、アルト君にべったりで勝利を喜んでいるのかと思ったんだけど」
グランが不思議そうに言い、ジニーも追随した。
俺は目を若干逸らし、たらりと汗を流しながら言う。
「あー……なんでも、後始末をするんだってさ」
――――――――――
模擬戦……実技訓練を終えた後、ジャスは学院を早退した。
試合に負けたものの、幸いというべきか、大した傷は負っていない。
打撲くらいなので、放っておいても数日で治るだろう。
ただ、その傷が妙に傷んだ。
歩く度に、じくじくと痛む。
その痛みがジャスを果てしなく苛立たせる。
「くそっ……くそくそくそっ!」
自然と悪態がこぼれた。
道行く人が何事かと見てくるが、周囲の視線を気にする余裕はジャスにはなかった。
悪態をこぼし、時に、道端のゴミを蹴飛ばしながら歩く。
その行き先は……家だ。
「この私がエステニアなどに……! このようなこと、あってはなりません! そう、絶対にあってはならない!!!」
純粋な勝負で負けて……
卑怯な手を使いながらも負けて……
ジャスは完膚なきまでに、アルトに敗北していた。
その事実が心を蝕み、プライドをズタズタに傷つける。
プライドが傷つけられたことで、ジャスはさらにアルトを憎むようになり……
どうしようもない負の連鎖が完成していた。
「この誤った現実は、すぐに正さないといけません……私がエステニアごときに負けるはずがない、そう、ありえません! もう二度と、私に歯向かうことができないように、きっちりと教育をしてやらねば……!」
ジャスは頭の中で復讐の方法をあれこれと考えた。
ただ、ユスティーナを刺激しないことは忘れてはいなかった。
怒りに燃えているが……
計算高いジャスは、セドリックの二の舞を演じないように注意していた。
竜を敵に回してはならない。
ましてや、ユスティーナは神竜だ。
計り知れない力を持ち、権力も持っている。
そんな相手、まともにぶつかることなんてできない。
搦め手を使い、抜け道を見つけて、こっそりとやればいい。
しかし、彼は気づいていない。
そのようなことを考えても、もう無意味だということに。
「それにしても、あのローブの男はどこに行ったのやら……あの男の策に乗った結果が、コレですからね。色々と問いただしたいところですが……まあ、それは今度でいいでしょう。まずは家の力を使い、エステニアを追い込むための……」
「誰を追い込む、って?」
ジャスの背中が震えた。
氷の塊を突っ込まれたかのように、とんでもない悪寒が走った。
恐る恐る振り向くと……
「やあ」
にっこりと笑ったユスティーナがいた。
「え、エルトセルク……! なぜここに……!?」
「ちょっと、キミと話したいことがあって、追いかけてきたんだ。時間、いいかな?」
「……え、ええ。構いませんよ」
ジャスは内心、慌てながらも、表面上は冷静を装い、そう答えた。
慌てる必要はない。
大丈夫だ。
裏で策を巡らせていたけれど、証拠は残していない。
グランとジニーを誘拐した部下は、顔を見られることなく犯行をやり遂げた。
アルトに対しては、少々余計なことをしゃべりすぎてしまったが、確たる証拠にはならないだろう。
問題ない。
ジャスはそう考えたが……
ジャスは一つ、考え違いを犯していた。
それは……証拠を必要とするほど、ユスティーナはきちんとした手順を踏むわけではない、ということだ。
「キミ……アルトの試合をくだらない策で潰そうとしたね? グランとジニーをさらい、それでアルトを脅そうとしたね? っていうか、脅したね?」
「……そのようなことはしていませんよ。誰から聞いたのか知りませんが、全てデタラメです。私は、正々堂々とエステニアと勝負をしました」
「ふーん……そう。ならいいや」
思いの外あっさりと引き下がり、ジャスは怪訝そうな顔をした。
「まあ、たしかに証拠はないみたいだからね。その点については、問い詰めるのはやめておいてあげる」
「その点については……?」
ユスティーナの口から不穏な言葉が漏れて、思わずジャスは顔をひきつらせた。
「アルトをいじめていたこと。そして、またいじめようとしたこと。そのことを聞かせてもらおうかな? あと、さっき独り言で言ってた、ローブの男っていうのも気になるな。全部聞かせてくれる? おとなしく、全部話すっていうのなら、んー……まあ、半殺しで許してあげる。でも、逆らうつもりなら、七割、八割殺しは覚悟してね? これ、語呂が悪いなあ」
笑顔でとんでもないことを言うユスティーナに、さすがのジャスも慌てた。
「な、なにを……!? 第一、私とエステニアに関する話は、当事者同士に任せると……先の試合で全てを決めると決めたではありませんか! それなのに、今更、そのようなことを蒸し返すなんて……」
「あれ、ウソだから」
「……は?」
「二人の試合に全部を任せて、ボクが動かないっていうの、ウソだよ」
あっさりとユスティーナが言う。
その顔は……未だ、にこにこと笑っていた。
「わからないかなあ。アルトを……好きな男の子にひどいことをしたことを、ボクが見逃すと思う? 見逃すわけないよね? まあ、男の子には男の子の事情というか、戦わないといけない時があるっていうのは、さすがにボクもわかるから、あの場ではなにも言わなかったけど……でもね? 試合の結果がどうあれ、最終的には、ボクが全部に決着をつけるつもりだったんだよ」
「なっ……!?」
「だって、ねえ……セドリックのことで学んだんだけど、キミみたいな人間は、心底痛い目に遭わないとわかってくれないからね」
ユスティーナが一歩、前に出た。
恐れるように、ジャスが一歩、後退する。
「いじめたんだから、いじめられる覚悟もあるよね?」
「それは……まっ……!?」
「覚悟してね? ボクのおしおきは、体にも心にも……かなり痛いよ」
ユスティーナは竜形態に戻った。
驚く街の人々を尻目に、逃げ出そうとするジャスをぱくっと咥えると、一気に空高く飛び上がる。
そのまま、超々高度を音速に近い速度で飛び回るという、荒業に出た。
そんなものに耐えられるわけもなく、ジャスの体はボロボロになる。
しかし、真に怖いのは、竜に咥えられて空を連れ回されているという状態だ。
心が悲鳴をあげて、ジャスはあっさりと気絶してしまう。
すると、ユスティーナはジャスを軽く噛んで痛みで強引に起こした。
ジャスは再び空を連れ回される痛みと恐怖を味わい、気絶して、また噛まれて起こされて……
そんな地獄を3時間ほど味わい、解放された時には髪が白くなっていたという。
ユスティーナ曰く、ちょっとやりすぎちゃった♪ とのことだった。
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