29話 卑劣な策を打ち破れ!
明かりのない朽ち果てる寸前のボロボロの家。
そんなところで、グランとジニーは目を覚ました。
「んっ……なんだ、ここ……俺は……?」
「兄さん? なによこれ……って、動けないんだけど!」
グランとジニーは後ろ手に縛られて、ついでに、家の支柱にぐるぐると荒縄でくくりつけられていた。
自分が置かれた状況に戸惑い、混乱する。
なぜこんなことになっているのか?
グランは廃屋で目を覚ます以前の記憶を思い返す。
「えっと……朝、いつものように起きて……部屋を出て、ジニーと合流して……」
「今日はアルト君がジャスと戦う日だから、その前に、激励しようっていうことでアルト君の部屋に向かったのよね?」
ジニーも記憶を掘り返す。
「俺とジニーでアルトの部屋に向かって……」
「でも、その途中でいきなり誰かに襲われて……ダメ、そこから先が思い出せないわ」
どうやら、自分達は誰かに誘拐されたらしい。
そんなことは理解できたが……
理解できたからといって、どうにかなるものではない。
グランとジニーは自由を取り戻そうともがくけれど、荒縄はしっかりとしていて、とてもじゃないけれど自力でどうにかできるものではなかった。
「誘拐だよな、これ……? 身代金目的か?」
「私たち、ただの平民じゃない。実家も、しがない商店。誰が狙うのよ」
「だよな……っていうか、見張りもいねえし」
廃屋内は薄暗く、全体を見通すことはできないが、他の人の気配は感じられない。
物音もしないため、グランとジニー以外は誰もいないことは確定だろう。
「俺たちをさらったヤツは、なにがしたいんだ? こんなことしても、被害があるの俺らだけだろ? 授業に出れなくなるっていうくらいで、嫌がらせか?」
「……それよ!」
「あん、どれだ?」
「これ、たぶん、ラクスティンの仕業よ!」
「どういうことだよ?」
「試合の時に、私たちがその場にいないと、アルト君は不思議に思うでしょ? で、そこでラクスティンがこう言うの。私たちの身柄は預かっている……って。そんなことを言われたら、アルト君はまともに戦えなくなるわ」
「おいおい、マジかよ……」
「可能性は高いと思うわ。今、このタイミングで私たちを誘拐して得するのなんて、ラクスティン以外にいないもの」
「でも、見張りがいないのはどういうことなんだ?」
「自分の犯行であることが露見しないように、そういう手がかりになりそうなものは極力なくしたんでしょ。今が逃げるチャンスだけど……!」
ジニーは必死にもがくけれど、拘束が解けることはない。
むしろ、一緒に縛られているグランが痛いと悶える結果になった。
グランとジニーの心に、諦めという名の影が落ちる。
このようなことでアルトの足を引っ張ってしまうのか。
友達と言ってくれたアルトの力になるわけではなく、逆に迷惑をかけてしまうのか。
否。
まだ諦めるわけにはいかない。
「くそっ! こんなことで俺らを……止められると思うなよ!」
「私達は、絶対に諦めたりしないんだから!」
グランとジニーは必死でもがいた。
荒縄が擦れ、体が傷つくのも構わず、拘束を解こうと必死になった。
決して諦めない。
もう二度と屈しない。
そんな意思が見えた。
「……ふむ。なかなか好ましい人間だ。そなたらのような者は、よき竜騎士に、よきパートナーとなるだろう」
不意に声が響いた。
直後、廃屋の壁になにかが激突したような、激しい衝撃が走る。
ぼろぼろの壁は一瞬で崩れて……
そこから竜が顔を見せた。
――――――――――
「ほらほらほらっ、どうしましたか!? さきほどまでの勢いはどこへ消えたのですか!?」
「くっ!」
ジャスの猛攻に、俺は槍を盾のようにして、ひたすらに耐えることしかできない。
体力が落ちているせいか、ジャスの攻撃は最初と比べるとかなり荒い。
ちょくちょくと反撃の機会が訪れるのだけど……
しかし、攻撃をすることはできない。
ジャスが突撃してきて、剣と槍が拮抗した。
俺にだけ聞こえる声でジャスがささやく。
「ふふっ……いいですよ、その調子です。そのまま攻撃に転じることは禁じますよ」
「ジャス、お前……!」
「キミが手を出したら友達がどうなるか……わかっていますね?」
「くっ」
「イカサマを疑われては困るので、もう少し粘ってもらいますが……その後は、せいぜい派手に散ってくださいね。よろしくおねがいしますよ」
ジャスが大きく剣を薙いだ。
足に力を入れれば耐えることはできるが、それは許されていない。
吹き飛ばされて、訓練場の床の上を転がる。
「くそっ」
ジャスのことだから、なにかしてくるのではないかと思っていたが……
まさか、グランとジニーを誘拐するなんて。
そんなことをしたら、後でどうなるか……
いや。
誰にもバレず、うまくやるという絶対の自信があるのだろう。
現に、俺は今追いつめられている。
悪巧みはジャスの方が上だった。
どうする?
どのようにして、この劣勢を覆せばいい?
必死になって考えるものの、良いアイディアが浮かばない。
ただただ、ジャスに追いつめられていくことしかできない。
俺は……なんて無力なんだろう。
思わず心が折れてしまいそうになった時、
ゴォンッ!
郊外の方で大きな音がした。
反射的にそちらを見ると、巨大な火球が見えた。
あれは……竜の?
「アルトー!」
ユスティーナの声が響いた。
「あれは、グランとジニーは無事、っていう合図だよ。もう遠慮はいらないから、思う存分にやっちゃえー!」
「ユスティーナは気づいて……?」
「グランとジニーがいないのはどう考えてもおかしいし、途端にアルトの動きが鈍くなった。高確率でそいつが関連してる、って思うよね。こういう展開は予想していたから、あらかじめ自由に動ける仲間を呼んでいて、グランとジニーを探してもらっていたんだ。で、今の火球が二人を見つけたよ、っていう合図」
ユスティーナが得意げな顔で、そう説明した。
どことなく、褒めてほしそうな犬を連想する。
「そいつがグランとジニーをさらった時点で、ボクが出てもよかったんだけど……でも、これはアルトの戦いだからね。どうしようもならない限りは、ボクは控えておいた方がいいかな、って。ふふんっ、ボクは夫を立てる良妻なんだよ」
「……まだ付き合ってすらいないが」
「もう、いけずだなあ」
「ありがとう、ユスティーナ」
俺は勘違いをしていた。
自分の力でジャスに打ち勝たないといけないと思っていたが……
元より、俺一人の力で成し遂げたことなんてものはない。
ユスティーナが力を貸してくれた。
グランとジニーも協力してくれた。
そのおかげで、俺は今、ここにいる。
過去の悪夢の象徴であるジャスと向き合い、戦うことができている。
俺は一人じゃない。
みんながいる。
だから、戦うことができる。
「バカな……策が読まれていた? くっ、あの男はどこに……」
「ジャス」
「っ……!?」
「決着をつけるぞ」
「くっ……エステニアごときが調子に!」
ジャスは激高して斬りかかってきた。
破れかぶれの突撃ではあるが、その動きは速い。
追いつめられたことで、思わぬ力を発揮しているのだろう。
火事場の馬鹿力と似ている。
ただ……
そんなジャスの強力な一撃も、俺は意に介さない。
「がっ!?」
ジャスの手首を打ち、続けて剣を弾き飛ばす。
武器を失い、なおも掴みかかってこようとするジャスの腹部を打つ。
最後に、槍を下から上に垂直に跳ね上げて、顎を叩く。
「……っ!!!?」
ジャスの体がぐらりと傾いて……
白目を剥いて、そのまま倒れた。
完全に気絶していて、起き上がる様子はない。
訓練場が静寂に包まれた。
そんな中で、俺は静かに構えた槍を下ろす。
それを見た先生は、ハッと我に返った様子で口を開く。
「そこまで! 勝者、エステニア君!」
少しの間を挟んで、見学していた生徒たちがみんな立ち上がり、わぁっと歓声をあげるのだった。
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