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279話 俺達のペースで

「……」

「……」


 ものすごく気まずい。


 すぐ後ろに、一糸まとわぬユスティーナが。

 ぴたりと触れる背中越しに、彼女の熱を感じるのだけど……


 それが逆に戸惑いを与えてくれる。


 ユスティーナに告白をして、受け入れてもらい、晴れて恋人になれた。

 そこまではいいのだけど……

 その夜、なぜか一緒に混浴を。


 色々な過程を飛ばしすぎている。


「あ、アルト!」

「な、なんだ?」

「えっと、その、あの……か、体を洗ってあげようか!?」

「いや、それはさすがに……」


 色々と見えてしまうし……

 今以上に恥ずかしく気まずい状況になる。


「なら、えっと……ぼ、ボクの体を洗う!?」

「ごほっ!?」

「胸はそんなに大きくないかもだけど……で、でもでも、他は自信あるよ! ど、どうかな!?」

「どう、と言われても……」


 どう答えろ、と?


 なら洗わせてほしい、なんてことを言えば変態確定だ。

 だからといって断れば、ユスティーナのことだから、妙な反応をしていじけてしまいそうな気がした。


「な、なんなら、そのぉ……」

「ユスティーナ? なにか、さっきから様子が……」

「体を洗うだけじゃなくて、触ってもいいし……」

「ごほっ!?」

「そ、その先をしても……い、いいよ?」


 とても恥ずかしそうにそんなことを言われてしまう。


 ユスティーナは、俺が男ということを理解しているのだろうか?

 もしかして、日頃の態度から、性欲がないと思われているのだろうか?


 そんなわけがない。

 俺も、健全な年頃の男だ。

 好きな女の子に興味がないと言えばウソになる。


 理性がぐらりと揺れてしまうものの……


「うっ、うぅ……」


 ふと、ユスティーナが小さく震えていることに気がついて、我に返った。


 恥ずかしさからくるものだけじゃない。

 羞恥心はあるのだろうけど、他にも、緊張と不安のようなものが感じられた。


 ……ああ、そうか。


 なんとなくユスティーナの心情を察して、納得。

 そうすることで、俺は冷静になることができた。


「あのさ」

「う、うんっ! さ、触る!? そ、それともその先まで……」

「無理はしなくていいんじゃないか?」

「え?」


 俺は、漂う湯気に視線をやりつつ、のんびりと言う。


「恋人になったからといって、いきなり色々とやらないといけないわけじゃないし……そんなことをしなくても心が離れるわけじゃない。安心してほしい。俺は、ユスティーナが好きだ。なにもしなくても、それはずっと変わらない」

「……アルト……」

「ちょっとおこがましいことを言うが……焦っているんだろう? 付き合うことができて、それで、俺を繋ぎ止めておくために体を使うようなことをして……違うか?」

「アルトって、すごいね。ボクの考えていること、全部、言い当てちゃうんだもん」

「好きな人のことだからな」


 ユスティーナはとてもまっすぐで元気で、優しい女の子。

 そして……たまに暴走する。


「焦る必要はないんじゃないか?」

「でも……」

「俺が信じられない?」

「ううん、そんなことないよ! アルトのことは、世界で一番信じているよ? でも……ボクは、ボクに自信がないから。ちょっと、ほんのちょっとだけ貧相な体だし? たまにわがまま言っちゃうし、嫉妬しちゃうし。あと、竜だし……それとそれと」

「俺は、ユスティーナが好きだ」

「……」

「何度も言ってもいい」

「……アルト……」


 焦る必要はない。

 まだまだ、時間はたっぷり残されているのだから。


「俺達は、俺達のペースで恋人らしいことをしていこう。想いを重ねていこう。それだけの時間があるし……なによりも、二人の気持ちはずっと変わらないと信じているから。だから、ユスティーナも」

「うん!」


 ユスティーナの元気で明るい声。

 きっと、とびっきりの笑顔を浮かべているのだろう。


 そんな彼女の笑顔を頭に思い描きつつ、二人の時間をもう少し楽しんだ。

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【堕ちた聖女は復讐の刃を胸に抱く】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。

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