269話 仕方ないわね
ユスティーナに鍛えられて。
また、彼女に勝つために特訓を繰り返して。
それなりの力を手に入れたという自負はある。
しかし、それだけの力を得ても、天井の崩落に巻き込まれたら無事でいられることは難しい。
というか、不可能だ。
人は限界がある。
どれだけ鍛えたとしても、絶対に超えることのできない壁というものは存在する。
つまり、なにが言いたいかというと……
「……まいったな」
死を覚悟した。
迫りくる天井を見つめることしかできなくて……
「えっ?」
急に、横から力が加わる。
ぐんっ! という感じで景色がスライドして、高速で移動する。
いや。
よく見れば、誰かに抱えられていた。
そのまま俺は屋敷の外へ連れ出された。
「ぐひぇ!?」
領主も一緒に連れ出されたらしく、地面に放り投げられて、カエルが潰れたような声をこぼす。
しぶとく生きているみたいだ。
一方の俺も解放されて、地に足をつける。
俺を助けてくれたのは……
「エルトセルクさん?」
ユスティーナの姉。
フレイシア・エルトセルク……その人だった。
「まったく、情けないわねー。こんな人間の罠にハマって、あんな醜態を晒すなんて。私が助けに入っていなかったら、死んでたわよ?」
「えっと……はい、その通りですね。助けてくれてありがとうございます」
「ちょ……素直にお礼とか言わないでよ。調子狂うじゃない」
本気で顔をしかめているところを見ると、照れているわけじゃないだろう。
うん。
とてもフレイシアさんらしい。
「あんた、今、妙な納得をしなかった?」
「いえ、気のせいです」
危ない危ない。
竜だから……というか、ユスティーナの姉だからなのか、妙なところで勘が鋭い。
「ところで、どうしてエルトセルクさんがこんなところに? いえ、助けてもらったことは、すごく感謝しているんですが……」
「え? そ、それは……」
いつも自信たっぷり、堂々とした態度のフレイシアさんだけど、途端にあたふたと慌ててしまう。
子供のようだ。
後ろめたいことを抱えていることが一目でわかる。
「……もしかして、つけてきたんですか?」
「ぎくっ」
とてもわかりやすい人だ。
この人、あれこれと裏で動くことが多いのだけど……
でも結局、隠し事が苦手だから、簡単にバレてしまうんだよな。
「な、ななな、なんのことかしら? ユスティーナちゃんが人間と二人きりで旅行なんて放っておけるわけがないから、こっそりついてきたとか、いざという時は邪魔をしてやろうと見張っていたとか、そんなことはないし!」
「えっと……はい。だいたいのところはわかりました」
「勘違いしてないでしょうね!?」
「勘違いしようがありません」
ここまで見事な自爆は、なかなか見られないだろう。
「えっと……とにかくも、助けてくれてありがとうございます。エルトセルクさんがいなかったら、俺、死んでいたと思います」
「ふん……あんたみたいな人間でも、いなくなるとユスティーナちゃんが悲しむもの。だから、仕方なくよ、仕方なく。あんたのためとか、決して自惚れないことね」
「はい」
「だから、そのぉ……私がここにいることは」
「わかっています。ユスティーナには内緒にしておきます」
「ふふんっ、物分りがいいじゃない、人間!」
妹にチクられることないとわかり、フレイシアさんはいつもの調子を取り戻す。
取り戻すのだけど……
「あっ」
「なによ、どうしたの?」
「いえ、なんていうか、その……後ろを」
「後ろ?」
振り返ると……にっこりと、やけに良い笑顔を見せるユスティーナの姿が。
それもそうか。
自惚れのようなことを言うのだけど、あれだけの騒動を起こしておいて、彼女が俺のことを気にしないはずがない。
すぐに駆けつけてきてくれて……そして、なぜかフレイシアさんがいることを知ったのだろう。
「お姉ちゃん? どうして、こんなところにいるのかなー? どうしてなのかなー? 納得がいくように、ちゃんとボクに説明してね?」
「あ、いえ、その……ゆ、ユスティーナちゃん? これには、深い深い理由が……」
「お姉ちゃん、ほら、こっちで話をしようか。おいで」
「い、いやあああああぁっ!!!?」
フレイシアさんの悲鳴が街中に響いたとかなんとか。
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