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27話 決戦前夜

 ほぼ全ての空き時間を特訓に費やして……

 時間はあっという間に流れて、決戦前夜になる。


「ほーら、じっとしててねー」

「いつっ」


 特訓でできた傷の治療をユスティーナにしてもらう。


 あいにくと、こんな時間に保健室は開いていない。

 なにかあった時のために、寮にも簡易的な救護室は設置されているが……

 なぜ怪我をしたのか? と問われると答えに困るため、利用はしていない。


「ごめんね、アルト。ボクが治癒魔法を使えればよかったんだけど……ボク、かすり傷以上の怪我をしたことってないから、どうにも治癒魔法って苦手なんだよね」

「ユスティーナが気にすることじゃないさ。もっとうまくやれない俺のせいだ」

「ううん、アルトはうまくやっているよ」


 ユスティーナがにっこりと笑い……

 治療を終えると、笑顔で俺の頭を撫でる。


「いい子、いい子」

「えっと……なにをしているんだ?」

「アルトがちゃんと特訓を乗り切ることができたから、えらいえらいしているの」

「子供じゃないんだが……」

「うーん……なんていうか、ボクなりにアルトを褒めてあげたくて。だから、つい。子供扱いしているわけじゃないんだ、ごめんね」

「そういうことなら、まあ……」


 微妙な気分ではあるものの、ユスティーナに頭を撫でられて嫌な気分はしない。

 むしろ、どこか安らぐような気がした。


「ホントにすごいと思うよ。暴走状態の魔物の群れを相手にする……そんな特訓、一歩間違えればどうにかなっちゃうもん。でも、アルトはきちんと乗り越えることができた。普通の人は、とてもじゃないけどできないと思うな」

「ユスティーナがいてくれたからな。それに、グランとジニーもサポートをしてくれた。だから、後のことを考えることなく、全力でやることができた」

「もう、アルトは謙遜がすぎるなあ。もうちょっと、誇らしくしてもいいと思うよ?」

「そう言われてもな……」


 これが俺だ。

 今更、急に変えることはできない。


「たくさん怪我はしちゃったけど……でも、これで準備万端だね」

「ああ」


 この2日で、できる限りのことはした。

 それなりの手応えも感じている。

 あとは……明日、全力でジャスとぶつかるだけだ。


「自信はどう?」

「自信か。そこを問われると、なんとも言えないな」


 性格はねじれているものの、ジャスの実力は確かだ。

 伊達に学院5位にランキングしていない。


 一方の俺は、11位に食い込んだものの……

 身体能力に任せたものであり、戦闘技術が足りていない。


 この数日で、徹底的に鍛え抜いたが……

 果たして、ジャスに通用するほどに伸びているのか?

 そこは不明で、なんとも言えないところがある。


 ただ……


「勝つさ」


 勝率は不明で、確たることは言えない。

 言えないのだけど……でも、俺はあえて言い切った。


「ユスティーナに、グランに、ジニーに……みんなに協力してもらった。たくさん助けてもらった。ここまでしてもらったのに、負けるわけにはいかないからな。だから……勝つ」

「……」

「ユスティーナ?」


 ユスティーナがぽーっとしていた。

 なんとなく、見覚えがある反応だ。


 目の前で手をヒラヒラと振ると、ハッとした様子で我に返る。


「ふぁっ……ご、ごめんね。アルトがあまりにもかっこいいことを言うから、ついつい見惚れちゃった」

「そんなに大したことは言ってないが……」

「言ったよ。今のアルト、今までで一番かっこよかったかも」

「そ、そうか?」

「困るなあ、ものすごく困るなあ」


 なにが困るのだろうか?

 問いかけてみると……


「こうして一緒にいると、日々、アルトのかっこいいところを発見していくじゃない? その度に、どんどん好きになっていくわけで……うー、このままだと、アルトを好きって気持ちがいっぱいになって爆発しちゃうかも」

「はは……なら、かっこわるいところを見せてガス抜きしておかないとな」

「うーん……アルトのかっこわるいところなんて、想像できないんだよね。例え負けたとしても、すっごく一生懸命戦うと思うから、そういうところにキュンときちゃうだろうし」


 ユスティーナの俺に対する好感度がカンストしている件について。

 そこまで好きになってもらえるほど、俺は大した人間じゃないんだけどな……


 いや。

 そういう考えはよしておこう。

 俺の気持ちは、未だ不透明ではあるが……

 ユスティーナに見合うことができるように、強くなりたい。

 大きい人間になりたい。


 後ろ向きではなくて、そんな風に、前向きな気持ちを抱いて……

 これからも歩き続けていきたいと思う。


「ユスティーナ」

「うん?」

「俺……勝つよ」

「うんっ!」




――――――――――




 決戦前夜……ジャスは学院の敷地内を走り、体を温めていた。

 明日に備えての調整だ。


 ジャスはアルトのことをいじめ、おもちゃとしてしか見ていないが……

 だからといって、侮るようなことはしない。


 ユスティーナの助けがあったとはいえ、アルトはセドリックを撃退している。

 彼のように、所詮格下と侮るようなことをしていれば、同じ目に遭う可能性は高い。


 それに、先日の試験だ。

 アルトは驚異的な身体能力を発揮して、ランク外から一気に11位に飛躍するという快挙を成し遂げた。

 油断するわけにはいかない。


 ジャスはゆっくりと速度を落として、足を止める。


「まあ……私の勝利は間違いないのですけどね」


 ジャスは己の勝利を確信している。


 確かに、アルトの身体能力は脅威だ。

 しかし、力任せに暴れているだけで、戦闘技術というものがまるでない。

 獲物に向けて突進することしかできない猪と同じだ。

 真正面から力比べに付き合う必要なんてない。

 搦め手を使えば、簡単に勝つことができるだろう。


 とはいえ、アルトも自分の弱点を自覚しているだろう。

 この数日、戦闘技術を磨くための特訓をしているに違いない。

 しかし、それは一朝一夕で身につくものではない。


 その点、ジャスは違う。

 幼い頃から英才教育を受けているため、長い経験がある。

 積み重ねたきたものは強く高く、アルトの手が届くものではないという確信があった。


「仮に私に届いたとしても、やはり、結果は変わりませんけどね。エステニア……キミは愚かで、甘い。ただ、戦うことだけを考えているのでしょうが……そのようなことでは、私に一生敵わないということを教えてあげますよ」

「おや、悪い顔をしているな」

「っ!?」


 不意に、第三者の声が響いた。

 ジャスが慌てて振り返ると、夜の闇に溶け込むように、黒いローブの者の姿があった。


「なんだ、キミか……驚かせないでください」

「すまないな。明日が本番ということで、様子を見に来たのだが……ふむふむ。その様子ならば、なにも問題はないみたいだな」

「ええ、なにも問題はありませんよ。私がエステニアのような平民に負けるわけがないでしょう?」

「そうだろうな。念の為に、私の策も授けたし、何一つ、問題はないだろう」

「キミにはずいぶんと助けられましたね。キミの考えた策はおもしろく、しかも、実に効果的だ。準備に関しても、あっという間に済ませてしまった。そろそろ、キミが何者なのか教えてくれてもいいのでは?」

「私のことなど気になさらず。あなた様を応援したい、ただの一般市民ゆえ」

「キミのような一般市民がいてたまるものかと思いますが……まあ、野暮は言いませんよ。私の役に立つのならば、それ相応の報酬を与えるだけです。なにか望むものはありませんか?」

「いいや、そのようなことはなにも」

「ふむ?」


 ここにきて、ジャスは迷う。


 黒ローブの男は……声からして、おそらく男と判断するが……こちらに協力する姿勢を見せながら、報酬を求めることは一切ない。

 善意で協力しているという。


 普通、そんなことはありえない。

 人はなにかしらの打算で動くものだ。

 ジャス自身も、ほぼほぼ全ての行動が打算に基づいている。


「私としては、あなたに協力することこそが必要なのだ。そうすることで、私の目的を達成することができる」

「ふむ。その目的というのはなんですか? 真に信頼関係を築きたいというのならば、答えなさい」

「あなたが望むのならば、答えよう」


 黒いローブの男は、とびっきりの明るい声で言う。


「私の目的は……ユスティーナ・エルトセルク……神竜バハムートの排除であり、無力さを刻み込むことだ」

「ほう……大きくでましたね。あの神竜を敵に回して、まさか勝てるとでも?」

「そのための策であり、そして……切り札もあります」


 黒いローブの男は笑いながら、闇色に輝く球を見せつけた。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
別の新作を書いてみました。
【堕ちた聖女は復讐の刃を胸に抱く】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。

【ネットゲームのオフ会をしたら小学生がやってきた。事案ですか……?】
こちらもよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[一言] >「ごめんね、アルト。ボクが治癒魔法を使えればよかったんだけど……ボク、かすり傷以上の怪我をしたことってないから、どうにも治癒魔法って苦手なんだよね」 アレですか? もしかして『死ぬこと以…
[一言] 盤外戦術的に対決前になんかしてくると思ったら普通に特訓してた
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