258話 気に入られたのだけど……
「アルマといったか」
「はい、なんでしょうか?」
変わらず、じっと見つめられる。
バレた?
いや、しかし、トーダンの瞳に疑念の色はない。
どちらかというと、好奇心……
ストレートに言うのならば、煩悩というか、それに類する感情のような?
俺の困惑をよそこに、トーダンはねちっこい視線を俺に向けてくる。
足から太もも。
腰へ移り、そして胸元へ。
「ふむ……やや胸は小さいが、まあ、それもたまには悪くないか。なによりも、全体的にとてもバランスがいい。とても期待できそうだな」
「えっと……」
メイドという立場故、なんとか笑顔を浮かべているものの、引きつりそうだ。
この男。
明らかに、そういう目で俺のことを見ている。
普通、入ったばかりのメイドに手を出そうとするか?
ただ、納得だ。
主がこのような性格なら、長続きする人は少ないだろう。
というか、情けないことに悲鳴をあげてしまいそうになる。
まさか、同性から向けられる性的な視線が、これほどまでにキツイなんて。
やばい。
もしも、部屋に来い、なんて言われたらどうするか……?
「まあ、楽しみは後にとっておくか」
一人、勝手に納得した様子で、トーダンは部屋を後にした。
どうやら、今日はただの顔見せだったらしい。
ホッとして、思わず心の底からの安堵の吐息をこぼしてしまう。
「た、助かった……」
「な、なんていうか……えっと、おつかれさまです」
「でもでも、あの領主、目は確かかもね。アルトに目をつけるなんて、その目利きは褒めざるをえないね」
「褒めないでくれ……俺としては、かなり困る事態だったのだが」
「あのまま、部屋に来い、って言われそうな雰囲気だったよね」
「やめてくれ、想像させないでくれ……」
潜入捜査ということはわかっているのだけど、もしもあの領主に迫られたりしたら、役目を忘れて殴り倒してしまいそうだ。
「でも、ボクのアルトに手を出そうとするなんて、許せないよね! もう一つ、領主をこらしめる理由ができたよ」
「向こうは、俺が女装しているなんて思ってもいないだろうけどな……」
「ですが、どうしましょうか?」
レイラさんが困ったように言う。
「まだ、エステニアさんが疑われているわけではありませんが……でも、別の意味で目をつけられてしまったことも事実。これでは、動きづらいのではないかと……」
「だよね。そのうち、ホントに夜に誘われたりして」
「……ユスティーナ、楽しんでいないか?」
「ちょっとだけ」
いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「さすがに、こんな事態は想定していなかったから。驚きで、ちょっと腹立たしいんだけど、でもでも、困ったアルトもかわいい♪」
「本当に頼むから、楽しまないでくれ……」
「あはは、ごめんね。ちゃんと真面目に考えるから」
「エステニアさんが色々な意味で目をつけられている状況をなんとかしつつ、領主さまの不正の証拠を見つける……なかなかに難易度が高いですね。どうしていいか、私にはさっぱりです……」
「そうだな……」
考える。
この状況から、スムーズに事態を進展させて、最終的に円満な解決へ持っていく方法を考える。
「……ふむ」
「アルト、なにか思いついた?」
「一応な」
「おー、さすがアルト。もう思いついちゃうなんて、すごいね。ボク、まだなにも思いついていないよ」
「ただ、できることなら、俺が考えている策は実行したくないが……」
「ふぇ?」
「どういうことなんですか?」
「あー……」
二人に疑問の視線を向けられて、どうしたものか迷う。
今、考えている策は有効性が高く、口にすれば、そのまま採用になる可能性が高い。
だがしかし、俺はそれは避けたい。
俺の感情による問題で、単なるわがままだ。
ただ……
この状況をうまく打開する方法が他にないのならば、覚悟を決めるしかないのかもしれない。
俺が我慢すれば、この街や孤児院の子供たち、レイラさんを救えるのかもしれないのだから。
「ねえねえ、アルト。なにか思いついたのなら、ひとまず話してほしいかな。それで、ダメかアリか、みんなで考えよう?」
「そうですね。そこから、別のアイディアが産まれるかもしれませんし……話を膨らませていくことは、とても大事だと思います」
「だよな、そういう結論になるよな……わかった。俺が思いついた策だけど……」
妙な疲労を覚えつつ、言葉を続ける。
「俺が領主に媚を売り、取り入る……というものだ」
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