250話 小さな事件
「うーん、お腹いっぱい! おいしかったね、アルト」
「そうだな。近くにあれば、常連になりたいくらいの味だった」
「ホント、それが残念。王都に支店とか出してないのかな?」
ユスティーナは名残惜しい感じで、店を振り返る。
ちょっとよだれが垂れているような気がしたが……
見なかったことにしておこう。
というか、最近、食いしん坊になってきたような?
ノルンに影響されたのだろうか。
「次はどこに行こうか?」
「んー、色々あって迷うよね。ちょっと遊んでみたい気もするけど……でもでも、食べたばかりだから、まずはお散歩かな?」
「了解だ」
ユスティーナと並んで街を歩く。
初めて訪れる場所を散歩する。
しかも、隣には好きな女の子。
なかなかに緊張するが、しかし、とても楽しいと思えた。
ここで、手を繋ぐことができれば、さらに良い雰囲気になるのかもしれないが……
「んにゃ? どうしたの、アルト?」
「……いや、なんでもない」
「そう? ボクの手を見ていたみたいだけど……」
「気のせいじゃないか? それよりも、あっちに行ってみよう」
肝心なところでヘタレてしまう俺だった。
こんなことで、うまく告白できるのだろうか?
やや心配になるが……
そこは気合と根性で乗り切るしかないか。
ここまできてなにもしなかったら、今までの努力と時間、全て無駄になってしまうからな。
「えへへー、楽しいね。アルト」
「大してなにもしていないが……」
「女の子は、好きな人と一緒にいるだけで幸せでにこにこしちゃうものなんだよ」
そういう台詞をかわいい顔をして言わないでほしい。
段取りやら全て無視して、今すぐに告白して、抱きしめたくなってしまう。
いや、まあ。
そうしようとしても、直前でヘタレてしまうとは思うが。
「あわっ!?」
曲がり角に来たところで、突然、子供が飛び出してきた。
ユスティーナがぶつかるものの……しかし、彼女は華奢な女の子に見えるが、中身は竜だ。
しかも、神竜だ。
子供がぶつかった程度でどうにかなるわけがなくて……
逆に、子供の方が弾き飛ばされてしまう。
「わわわっ、ごめんね、大丈夫? ボクって、けっこう頑丈だから」
「ううん、気にしないで」
差し出された手を取り、子供が立ち上がる。
「怪我はしていない?」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんは?」
「ボクも平気。こう見えて、無敵なんだ」
「あはは、そうなんだ」
子供は冗談と捉えたらしいが……
冗談ではなくて、事実なんだよな。
「じゃあ、またねー」
子供は笑顔で立ち去ろうとして……
瞬間、俺はそのことに気がついた。
「待て」
肩を掴んで止める。
「ど、どうしたの?」
「アルト?」
ユスティーナはまだ理解していないらしく、不思議そうな顔だ。
ただ、子供が俺の考えていることを察したらしく、怯えたような顔になる。
「盗んだものを返してもらおうか」
「え?」
「……」
やはり、ユスティーナは気づいていなかったみたいだ。
俺も、下手をしたら見逃してしまいそうだったが……
子供の態度に違和感を覚えたのと、ポケットからユスティーナの財布がわずかに覗いているのが見えて、この子がスリだということを理解した。
「アルト、この子……本当に? って、ボクの財布がない!?」
「今なら憲兵隊に突き出さないで、穏便に済ませることもできる」
「うっ……」
「さあ、返すんだ」
少しだけ強く、肩を掴んだ手に力を込める。
痛みはないだろうが、それでも、こちらの圧は伝わるだろう。
「……ご、ごめんなさい」
観念した様子で、子供はユスティーナの財布を出した。
その手の上に、ぽとりと涙が落ちる。
「ご、ごめ……ごめん、なさいっ……ごめんなさい!」
「え? あ、いや……」
「本当にごめんなさい……ごめんなさいっ……」
泣いて謝罪する子供を見て、さすがに動揺してしまう。
本気で反省しているみたいで……
でも、それだけじゃない。
今まで抱え込んできたものが一気にあふれだして、感情がコントロールできなくなったかのような、そんな雰囲気を感じる。
この子はいったい……?
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