249話 食事とお約束
予約されていた宿にチェックイン。
荷物を置いた後、さっそく街の観光に繰り出した。
温泉街ではあるが、魅力は温泉だけじゃない。
絶景スポットに、おいしい食事を楽しめる店。
グレイハウンド限定のテーマパーク。
全てを堪能するには、二泊三日じゃぜんぜん足りない。
「できれば、一ヶ月くらい泊まりたかったよねー」
「わからないでもないが、さすがにそれはな」
「だよね。お金も足りないし、学校もあるし……あ、それ以上に大変な問題があったかも」
「それは?」
「アルトと一ヶ月も二人きりでいたら、ボク、ドキドキしすぎてどうにかなっちゃうかも。絶対に、心臓がおかしくなっちゃうよ」
「……」
「アルト? どうかしたの?」
「……いや、なんでもない」
ユスティーナの言動はいつものことなのだけど……
改めて、その破壊力を思い知る。
今までも、その仕草や言動にドキリとさせられてきたが……
彼女への好意を自覚した今では、今まで以上にキツイ。
無性にユスティーナを抱きしめたくなってしまうし、いっそのこと、このまま勢いに任せて好きだと言ってしまいそうになる。
「これから、どうしよっか?」
「ごはんにしないか? まだ少し早いが、今朝は食事をとっていないからな」
朝は馬車で移動中だったため、なにも食べていない。
「そうだね。けっこうお腹がペコペコかも。気を抜いたら、ぐぅ~、って鳴っちゃいそう」
「なにか食べたいものは?」
「んー……おいしければなんでも?」
「もう少し具体的に」
「お肉?」
「……ひとまず、適当に探してみるか」
いくつかの飲食店を見て回った後、ハンバーグ専門店を訪れた。
三十種類以上のハンバーグメニューが揃えられていて……
決め手となったのは、店の前を歩いた時に漂ってきた香ばしい匂いだ。
昼前だからか、問題なく店に入ることができた。
席について、メニューを見る。
「へえ、ソースだけじゃなくて、肉の種類も選べるのか。目玉焼きにチーズにベーコン……トッピングも豊富で、組み合わせは数え切れないほど」
「自分だけのイチオシメニューを考えるのも楽しそうだね!」
「王都にこんな店があれば、常連になっていたかもしれないな」
「だねー。それにしても、うーん、迷う。これだけ多いと、なかなか決めることができないよ」
ユスティーナはメニューを見て難しい顔をして、小首を傾げる。
それから再びメニューをじっと見つめて……なんてことを繰り返していた。
そんな彼女はかわいらしく、ついつい視線が引き寄せられてしまう。
「どうしたの、アルト?」
「い、いや。なんでもない……俺は、粗挽き肉のチーズハンバーグにしようかな」
ごまかすように、そう言った。
「うー、粗挽き肉のハンバーグ、おいしそうだよねー。でもでも、細かくしたハンバーグも食べてみたいよ……あーうー、迷うー!」
「……なら、二人で別のものを頼んで、半分ずつ分けてみるか?」
「それだよ! アルト、天才!」
そんなわけで、メニューが決まった。
注文をして、待つこと少し。
「おぉおおおおお!」
熱々の鉄板に乗せられて、ジューと焼けるハンバーグが提供された。
それを見て、ユスティーナが目をキラキラと輝かせている。
どことなくノルンに似ているような気がした。
「いただきまーす!」
「いただきます」
さっそく、ハンバーグを一口食べる。
肉を噛んだ瞬間、ジュワッと肉汁があふれだして、旨味が口の中に広がる。
それらを濃厚なソースが包み込んで、味を一つにまとめてくれた。
「はわぁ、おいしい~♪」
「本当に。こんなにおいしいハンバーグ、王都にはないな」
俺とユスティーナは、一瞬でこの店のハンバーグの虜になってしまった。
誇張表現ではなくて、今まで食べてきたハンバーグの中で一番おいしいと断言できる。
「この店、個人店なのかな? 二号店とか三号店とか、王都にもないかな?」
「残念だけど、ここだけみたいだな」
「うー、残念。今回だけしか食べられないなんて……あっ、そうだ。休みの日に、ひとっ飛びして……」
「……それはやめておこう」
たまにではあるが、ユスティーナは、自分が伝説の神竜であるという自覚をなくす。
周囲に与える影響力というものを、少し考えてほしい。
「じー」
ユスティーナの視線がこちらのハンバーグに突き刺さる。
「食べるか?」
「いいの!?」
「元々、そうするつもりだったじゃないか」
半分を切り分けて、ユスティーナに差し出した。
わーいと子供のように喜んで、ぱくりと食べる。
「んー! おいしい! 粗挽きだと、お肉の味がしっかりと感じられて、ちょっとしたステーキみたいだね」
「ユスティーナのヤツももらっていいか?」
「うん。はい、どうぞ!」
ユスティーナが差し出してきたハンバーグにフォークを突き立てて、一口もらう。
「……うん。これもうまいな。肉が細かいからか、全体的な一体感がある」
「どっちもおいしいよねー。あー、ホント、このお店のファンになりそう」
「機会があれば、また来てみたいな」
「そうだね。その時は……あっ。アルト、頬にソースがついているよ?」
「うん? こっちか?」
「そっちじゃなくて、もうちょっと上」
「ここか?」
「そこでもなくて……アルト、じっとしてて」
ユスティーナは身を乗り出すと、俺の頬に指を伸ばした。
そのまま、指先でソースを拭い、
「んっ」
ぺろりと舐めてしまう。
「……」
「えへへ。ちょっとだけ、アルトの味がするかも」
「俺の味……と言われても」
どう反応すれば?
意識してのことなのか、それとも無意識によるものなのか。
なかなか判断がつかない。
ユスティーナは、よく、俺にドキドキさせられると言うが……
最近は、俺の方がドキドキさせられているような気がした。
この分だと、将来、天然小悪魔に育つのではないか?
そんなユスティーナを想像した俺は……
「……それはそれでアリかもしれないな」
らしくないことを思いつつも、苦笑するのだった。
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