24話 事故か事件か
「それ、どういうことなの?」
グランの話を聞いて、ユスティーナが真面目な顔になる。
さすがに、俺とジニーの関係を疑っている場合じゃないと思ったのだろう。
「確かなことは言えないんだけどな。俺も、こっそりと盗み聞きしただけだから」
「それでもいいから教えて」
「わかってる」
念には念を入れて、グランは声を潜める。
「ジニーが乗っていた竜、翼が傷ついていただろう? あれ、なにかがぶつかったとかそういう事故じゃなくて、人為的な可能性が高いらしいぜ」
「まさか……」
「驚く気持ちはわかるけどな。でも、逆に納得しないか? あんな上空で事故なんて、そうそう起きるもんじゃない。誰かの仕業ってほうがわかりやすい」
「確かに……犯人については?」
「それはなんとも。そもそも、可能性があるって話だけで、まだ事故か事件か判断がついていない状況だからな。まあ、俺は事件を疑ってるけどな」
思いがけない情報がもたらされて、皆、言葉を失ってしまう。
飛翔訓練中に竜が狙われるなんて……
洒落じゃ済まない。
下手したら、ジニーは命を落としていた。
それに竜を攻撃するなんてことをしたら、後でどうなるか……
もしも犯人がいるとしたら……
かなり危うい相手なのかもしれない。
後先を考えないような……セドリックに近いところがある。
「むぅ」
同じことを考えているらしく、ユスティーナも難しい顔をしていた。
仲間が傷つけられとなれば、ユスティーナも黙ってはいられないだろう。
「ひとまず、俺が今話せる情報はこれくらいだ。考えすぎならいいんだが……万が一、ってこともある。ちょっと注意することにしようぜ」
「ああ、そうだな」
グランの言葉に異論なんてものはない。
みんな、しっかりと頷くのだった。
――――――――――
中庭で話をするアルトたちを、遠くから見る者がいた。
ジャス・ラクスティンだ。
ニヤニヤと楽しそうな笑みを顔に貼り付けながら、じっとアルトたちの様子を観察している。
「ふむ、ふむ……ここ最近、観察してわかりましたが……やはり、エステニアはあの双子を大事にしているみたいですね。神竜に手を出すことはできませんが、あの双子をうまく利用すれば……ふふふっ、楽しいことになりそうですね」
――――――――――
事故……あるいは事件が起きたために、午前の授業は全て潰れることになった。
教師たちは対応に追われて、俺たち生徒は自主学習をすることになった。
ほどなくして混乱は収まり……
午後は普通に授業が行われることになった。
午後の授業は体育だ。
今日は持久走ではなくて、ボールを使ったスポーツだ。
10人対10人で、広大なコートを駆け回り、ボールを投げてパスなどを回していく。
そして、相手のゴールにボールを叩き込むことができれば1点。
合計点数の高い方が勝ち、というシンプルなスポーツだ。
内容はシンプルだけど、意外と体力を使う。
常にコートを駆け回らないといけないし、ボールを手にしたら、常に周囲を警戒して、現状を瞬時に分析しなければいけない。
体力だけではなくて、咄嗟の状況判断能力も鍛えられる。
なかなかに考えられた授業内容だった。
「アルトー! 見てみてー!」
コートの中では、ユスティーナが駆け回っていた。
そんなユスティーナを、必死に味方のグランとジニーが追いかけている。
今はユスティーナたちの出番で、俺は休憩中だ。
コートは一つしかないから、交代で行われている。
「えへへー、アルトの前だからかっこいいところを見せないとね! いっくよー! バハムートシュート!!!」
「ぎゃあああああ!?」
ユスティーナがとんでもない勢いでボールを投げた。
ボールをキャッチしようとした生徒が吹き飛ばされて……
一人だけ違うスポーツをしているみたいだな。
「こんにちは。隣、いいですか?」
「……ジャス……」
のんびりと観戦していると、ジャスが現れた。
他クラスとの合同授業のため、今日はジャスもいたらしい。
俺がなにか言うよりも先に、ジャスは俺の隣に座る。
「……なにか用か?」
「ええ、もちろん。でなければ、エステニアなどに声をかけるわけがないでしょう?」
冷たい表情でジャスが言う。
こいつは……なにも変わらない。
セドリックがいた頃と変わらず、俺をおもちゃとしてしか見ていない。
「最近、ストレスが溜まりやすいんですよ」
「なんの話だ?」
「いえね、今まで大事にしてきたおもちゃが、急に手元からなくなってしまいまして……そのせいでストレスを発散することができず、苛々しているんですよ」
「……そのおもちゃっていうのは、俺のことか?」
「ええ、もちろん。よくわかりましたね」
「前に、そう言っていただろう」
ジャスは笑っていた。
敵意をたっぷり含ませた、歪な笑みを浮かべていた。
「また私と一緒に遊んでくれませんか? たっぷりとかわいがってあげますよ」
「っ」
ジャスにいじめられていた嫌な記憶が蘇る。
トラウマというものはなかなか振り払うことができない。
振り切ったつもりでいたけれど、でも、まだ意識していたらしい。
前回、街でジャスと出会った時のように……
情けなくも体が震えてしまう。
だけど……それに屈することはしたくない。
決してしない。
俺は、ユスティーナの隣に立てるように……
強くなると決めたのだから。
「断る」
「……ほう」
「もうお前のような連中の言うことはきかない。俺に構うな、放っておいてくれ」
「神竜がいるからと、調子にのっているみたいですね。男として、それでいいのですか? 女に頼り切りで、恥ずかしいと思わないのですか?」
「なにが言いたい?」
「勝負をしませんか?」
「勝負?」
「今度の実技訓練で、私と対戦しましょう。そこで、白黒をハッキリとさせる。もちろん、あの竜が関わることは禁止します。これは、私とエステニアの勝負ですからね」
「……」
「どうですか? 悪くない提案だと思いますが……ああ、そうそう。景品の話をしていませんでしたね。もしも私が負けた場合は、金輪際、エステニアに関わらないと誓いましょう。学院を辞めても構いません。ただし、私が勝利したら……ずっと、私のおもちゃになってもらいますよ」
「断る」
「おや? 断るのですか?」
「ジャスの話に乗るメリットがない。お前のことだから、負けたら話を反故にする可能性があるからな」
俺が断ることを、あらかじめ想定していたのだろう。
ジャスは慌てることなく、むしろ、たっぷりの余裕を持って話を続ける。
「断らない方がいいですよ。そうした場合、あなたの周りに不幸が起きるかもしれない」
「なんだと?」
「聞けば、クラスメイトが飛翔訓練中に事故に遭ったみたいですね。なんて恐ろしい。もしかしたら、そのようなことがこれからも起きるかもしれませんね」
「まさか、お前……!」
こいつの仕業か!
俺を脅して、退路を断つためだけに、ジニーを危険な目に遭わせるなんて!
「さて……どうしますか?」
「……わかった。その勝負、受けよう」
「賢明な判断です」
「約束は守れよ」
「ええ、もちろん。エステニアも私の約束を忘れないように」
「みんなに手を出すなよ」
「なんのことかわかりませんが……エステニアが勝負から逃げないのであれば、不幸な事故は起きないでしょうね」
こんなヤツに負けるわけにはいかない。
必ず勝ってみせる。
俺は強い決意を宿して、闘志を燃やすのだった。
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!