232話 人を止めた力
「さあ、アルトさま、優雅に踊りましょう?」
ミリフェリアが笑いながら突撃してきた。
呪術によって強化されていて、竜に匹敵するほどのでたらめな身体能力を得ている。
真正面から受け止めるのは自殺行為。
彼女の突撃を寸前のところで回避して……
すれ違いざまに一撃を加えようとするが、
「あはははっ、その程度でわたくしを捉えられるとでも!?」
「これは……」
急激な軌道変更が行われて、回避されてしまう。
普通に考えて、回避不可能な一撃だったのだけど……
今のミリフェリアの身体能力は規格外なので、その動きもまた、常識の外にあるのだろうか?
厄介な。
戦闘技術に関しては、それほどのものを感じないのだけど……
それを補って有り余るほどの身体能力がある。
まるで、人間状態のユスティーナを相手にしているかのようだ。
「でも、まだまだだ!」
こんどはこちらから仕掛けた。
地面を勢いよく蹴り、爆発的な速度で加速。
肩を狙い、高速で槍を突き出す。
直撃すれば、肉を断つだけではなくて、骨も砕くだろう。
うまくいけば、一気に無力化することができる。
ただ、そう簡単にはいかない。
「甘いですわ、とても甘いですわねえ!」
「なっ!?」
ミリフェリアは、こちらが突き出した槍を掴んで止めてみせた。
こちらも身体能力を強化して、全力で繰り出した一撃だ。
それなりの威力と速度があると誇るのだけど……
まさか、あっさりと受け止めてしまうなんて。
ただ。
ここまでは、予想通り。
今のミリフェリアならば、もしかして……という可能性を考えていた。
だから、ここで止まらない。
迷うことなく槍を手放して、ミリフェリアの懐に潜り込む。
肘を立てて、突き入れるようにして飛び込み、腹部を打つ。
同時に、上半身を沈ませるようにして回転。
弧を描くような蹴りを叩き込む。
「くぅ!?」
頭部を蹴りつけると、さすがにダメージが通ったらしく、ミリフェリアは顔を歪めた。
後ろへ跳んで、一度距離を取る。
こちらも槍を拾い、下がる。
「アルトさまは、槍をメイン武装としていたはずですが……いつの間に体術を?」
「ベタな台詞だが、こんなこともあろうかと、というヤツだ」
「ふふっ、おもしろいですわね。あぁ、やはりアルトさまはすばらしいですわ。その心が手に入らないとしても、その体、剥製にして飾っておきましょうか? あるいは、わたくしの呪術で新たな傀儡としましょうか? とても悩ましいですね」
本人を目の前にして、よくもまあ、そんなおぞましいことを言えるものだ。
呆れつつも、大した度胸だと、変に感心をしてしまう。
「そう簡単にいくとでも?」
「まずは、心と魂が邪魔なので、殺さないといけませんね。それから呪術を施して、半日もすれば……ふふっ」
人の話を聞いていない。
もしかしたら彼女は、他人を望んでいないのかもしれない。
社会の中に存在しつつも、他者を望むことなく関わることもなく、全て自己だけで完結している。
いったい、どのような経験をしてきたのか?
どうすれば、こんなに心が歪んでしまうのか?
気にはなるものの、しかし、同情することはない。
過去に悲しい経験をしたとしても……
だからといって、今、暴虐を尽くしていいことにはならないのだから。
「終わらせる」
強い決意を抱いて、再び、こちらから攻撃をしかける。
横から回り込むように移動して……
槍を右手一つで持ち、左手をスイング。
「っ!?」
いくつか忍び持ち歩いている投げナイフを放つ。
狙いは、ミリフェリアの頭部。
彼女は舌打ちをしつつ、左手でナイフを払いのけた。
そのせいで、わずかではあるが動きが止まる。
全身の力を乗せて、槍を突き出す。
さきほどの数倍速く、威力も大きい。
これならば、と思うのだけど……
「くうううっ!?」
ミリフェリアは余裕のない声をこぼしつつも、槍を手の平で受け止めた。
もちろん、刃が手の平を貫いて、血があふれる。
彼女は苦痛に顔を歪める。
ただ、次の瞬間には笑みを浮かべた。
手の平を貫かれたまま、槍を握りしめる。
そのまま、こちらの武器を奪おうと手を引いた。
「なっ」
そこまでするかと、予想外の行動にさすがに焦りを覚えてしまう。
何度か交戦してわかったが、力はミリフェリアの方が上。
槍の奪い合いをしても負けてしまう。
下手に食い下がると、体勢を崩してしまい、そこを狙われるだろう。
俺は槍を手放して、再び距離を取る。
「ふふっ……これで、アルトさまのメイン武装はなくなりましたね」
「そのために、片手を犠牲にするか?」
「あら。確かに痛いですが、しかし……」
ミリフェリアは顔をしかめつつ、槍を引き抜いた。
すると、手の平の傷がゆっくりと元に戻っていく。
「時間が経てばこの通り、ですわ」
「……人間をやめているのか」
「失礼なことを言わないでくれません? より高度な存在に進化した、と言って欲しいですわね」
これだけの力、どこで手に入れたのか?
さすがに、個人では無理だと思う。
聞かなければいけないことが一つ、増えたな。
しかし、武器を失うのは予想外。
どうしたものか……
「……ぁぁぁ」
ふと、遠くから声が聞こえてきた。
だんだんと近づいてくる。
その方向は……上?
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