230話 妄執の化け物
「あら、殺してしまいましたか」
ミリフェリアは気楽に言う。
今日の天気を確認するかのような言い方で、まるで感情が込められていない。
「……それだけなのか?」
「なんのことでしょうか?」
「この人は、お前の命令に従わされて、無理矢理に戦わされて、それで死んだんだぞ!? それなのに、かける言葉はそれだけなのか!!!?」
「もちろん」
彼女は、世界の真理を語るかのように、当たり前のような顔をして頷いた。
「それ以外にかける言葉なんて、あるのでしょうか? アルトさまがなにを言いたいのか、まったくわからないのですが……」
「お前は……」
ミリフェリアは、心底不思議そうに言う。
嫌味でもなんでもなくて、本当にそう思っているらしい。
なぜ、そんな風に思ってしまうのか?
なぜ、執事のことを欠片でも気にかけることができないのか?
どんな悪人だとしても、身内には甘いはずだ。
家族や恋人などには、それなりの愛情を向けるはずだ。
それなのに、ミリフェリアには一切それがない。
完全に道具としてしか見ていない。
それ以外の感情がない。
「どうして、こんな……」
この時。
俺は、初めてミリフェリアが怖いと思った。
呪術を使うからとか、そういうことは関係ない。
心が大きく歪んでいて……
価値観がまったく理解できない異質なものに変貌していて……
人のはずなのに、人でないような、そんな違和感。
ミリフェリア・グラスハイムという人をまったく理解できない。
自分とは異なる別の生き物のように思い、それ故に恐怖した。
「それにしても、これでアルトさまは殺人犯ですわね。ふふっ、わたくしの一声で、若い英雄が一転して犯罪者に。おもしろい展開ですわ」
「うれしそうだな?」
「ええ、とてもうれしいですわ。わたくしを裏切るアルトさまには、相応の罰を受けていただきませんと。苦しみ、嘆き、悲しみ、泣いて、もがいて、悶えて……」
ミリフェリアはにっこりと笑う。
「そして、死んでいただきましょう。そう……それこそが、わたくしがアルトさまに最後に送ることができる、愛ですわ」
突然、無理矢理に好意を押しつけてきて。
それが叶わないと知ると、子供のような癇癪を起こして。
かと思えば、聖母のように微笑み。
死を与えようとする。
完全に狂っている。
「……これ以上の会話は無駄だな」
いや。
そもそもが、最初から無駄だったのだろう。
人間の皮を被った化け物のようなもので、話が通じるなんてことはありえない。
「彼は助けることができず、死なせて……いや。殺してしまった」
「ですね」
「だから、同じ過ちは繰り返したくない。ミリフェリア・グラスハイム……おとなしく投降しろ」
槍を向けて警告する。
「これ以上、くだらないことを続けるというのなら、容赦はしない。彼と同じように、殺す覚悟もできた」
「あら」
「ただ、できることならば……と思う」
理解できないほどに異質で歪んでいるとはいえ……
この子は、俺を慕ってくれていたのだ。
可能ならば、命は奪いたくない。
甘いと言われるかもしれないが、それが俺だ。
「どうする?」
「そうですわね……」
意外と言うべきか、ミリフェリアは即座に否定せず、考えてみせる。
もしかして、説得できるのだろうか?
わずかな期待を抱くのだけど……
「条件次第では、そうしても構いませんわ」
「本当か?」
「ええ、もちろん」
「……その条件というのは?」
ミリフェリアは、天気の会話をするような気楽さで言う。
「死んでください」
「……なんだって?」
「ですから、死んでください」
笑う。
笑う。
笑う。
「わたくしを裏切った罰を、自分で自分に与えてください。その槍で、今すぐに喉でもいいですし、あるいは胸を貫いてください。血を流して、ここで死んでください」
極上の笑みと共に、そうすることが当然のように言い放つ。
「そうすることが、アルトさまにできる唯一の贖罪ですわ」
「お前というヤツは……」
ゾクリと背中が震えた。
「どこまでも……救えないな」
俺は槍を構えた。
できるならば、と思っていたが……
しかし、ミリフェリアに言葉は通じない。
独自の価値観で全てを決めて、周囲を巻き込み、平然とした顔で踏み潰していく。
これ以上、放っておくことはできない。
ユスティーナだけではなくて、ジニーやアレクシア……
他のみんなにも危害が及ぶかもしれない。
セルア先輩とセリス先輩も助けることができない。
ならば、やるべきことは一つ。
「すまないが、多少の怪我は覚悟してもらうぞ。強引に取り押さえる。抵抗するのならば、こちらも全力で向かい……殺してしまうこともある」
「やれやれですわ。殺す覚悟をしたと言うわりに、まだそのように甘いことをおっしゃるのですね。問答無用で襲いかかってきてはいかが?」
「それは最後の手段だ」
ミリフェリアは……腰に下げている剣を抜いた。
それが彼女の答えだ。
「あくまでも抵抗するか」
「当たり前ですわ。わたくしが断罪される理由なんて、なに一つないのですから。冤罪に対しては、徹底的に抗議しませんと」
「なら、先に言ったように容赦しない。覚悟してもらうぞ」
「ふふっ……それは、わたくしの台詞ですわ」
ミリフェリアが、今日、何度目になるかわからない狂気に満ちた笑みをこぼして……
そして、その体から黒い霧のようなものがあふれだした。
「それは……!?」
「役に立たない愚か者に施したものが、呪術の全てと思わないでくださいませ。彼に与えた力は、ほんの一端……わたくしの操る呪術こそが至高だと、証明してさしあげましょう」
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