23話 暗躍
「まって……お、落ち着いて!」
ジニーが必死に竜をなだめようとするが、その声は届かない。
体が傷ついたことで竜は興奮状態に陥っており、誰の声も聞いていない。
ただただ翼を傷つけられた痛みに悶えて、暴れまわる。
「ジニー!」
「ちょっと、落ち着きなよ!」
俺とユスティーナも必死に呼びかけるが、竜は暴れたままだ。
めちゃくちゃな飛び方をしているため、どんどん浮力が失われていく。
ほどなくして、ジニーを乗せた竜は逆さまに。
地面にいる先生やクラスメイトたちの悲鳴が聞こえた。
「ユスティーナ、いけるか!?」
「もちろんっ!」
手綱を引くと同時に、ユスティーナの巨体が急加速した。
落下するジニーたちに食らいつく。
「俺はジニーを! ユスティーナは竜を!」
「了解!」
落下中……タイミングを見極めて、ユスティーナの背を蹴り宙に躍り出た。
そのまま暴れる竜の背中のジニーを抱き上げ、即座に離脱する。
「アルト君!?」
「大丈夫だ!」
離脱する前に、ちゃんと方向は確認している。
俺はジニーを抱えたまま、校舎の方へ落ちていく。
以前の俺なら、まず不可能だっただろうが……
ユスティーナに鍛えられた今なら!
「はぁっ!!!」
ジニーを抱えたまま、訓練用の槍を校舎の壁に突き立てた。
腕にものすごい負荷がかかり、痛みが走る。
それでも槍を離すことはない。
槍が壁を削り、縦に亀裂が走る。
そのうち槍が負荷に耐えられなくなり、半ばから折れた。
しかし、落下の勢いは大幅に減衰させることに成功した。
3階ほどの高さから落ちるが……
あとは近くに生えている木の枝にあえてぶつかり、さらに勢いを殺して……植え込みをクッションにして落ちた。
「っ!」
さすがに完全に勢いを殺すことはできず、体のあちこちに鈍い痛みが走る。
「ジニー、大丈夫か?」
「え、ええ……なんとか」
幸いというか、腕の中のジニーはどこも怪我をしていないみたいだった。
もっとも、見た目だけで判断はできないから、完全に安心はできないが。
「ユスティーナは……!?」
慌てて視線を走らせると、グラウンドの中央辺りにユスティーナの姿が見えた。
猫がやるように、落下した竜を甘噛みして持ち上げつつ、その場でホバリングしていた。
きっちりと助けることができたみたいだ。
距離は離れているが、俺とユスティーナは目を合わせて、やったね、と視線で互いの無事を喜ぶのだった。
――――――――――
あれだけの事故が起きたため、当然のことながら飛翔訓練は中止になった。
俺とジニーは保健室送りに。
ジニーは竜が暴れた時に、かすり傷を負った程度で済んだ。
すぐに治療することができた。
女の子なので、傷跡などが残らなくてよかったと思う。
一方の俺は、体のあちこちに打撲を負う結果になった。
まあ、あれだけの無茶をして打撲で済んだのは奇跡的かもしれない。
ユスティーナの特訓のおかげで体が鍛えられて、そのおかげで軽傷で済んだのだろう。
「アルト君、本当にごめん……」
保健室を出ると、先に戻ったはずのジニーがいた。
いつもの元気はなくて、しょんぼりとしている。
「私のせいで、アルト君に怪我を……」
「ジニーのせいなんかじゃないさ。事故なんだから、気にすることはない」
「でも……」
ジニーは心配そうな顔でこちらを見た。
どうしても気にしてしまうらしい。
「ねえ、私にできることはない? せめてもの償いというか……このままなにもしないで、じっとしてることなんてできそうになくて」
「……ジニーは優しいな」
「へ?」
「事故だから気にする必要はないんだが、こんなに俺のことを気にかけてくれて……そういうの、素直にうれしいと思う。ありがとう」
「え、あ、いや……そ、そりゃあ、まあ……うん……どう、いたしまして?」
ジニーがしどろもどろになり、赤くなった。
照れているのだろうか?
ジニーの照れ顔なんてものを見るのは、なにげに初めてだから新鮮だ。
双子の兄であるグランに対して、いつも一歩も引くことなく……
勝ち気で強気。
そんなジニーだけど、今は年相応の女のらしく見えた。
これがギャップ萌えというヤツだろうか?
……なんて、バカなことを考えてしまう。
「も、もうっ。変なことを言わないでよ。照れちゃうじゃない……」
「やっぱり、照れていたのか。照れているジニーは、いつもと違ってかわいらしくて新鮮だな」
「か、かわっ……もう、またそういうことを言うし。っていうか、それじゃあ、普段の私はかわいくないってことかしら?」
「うっ……そ、そんなことはないが……すまん、言葉のアヤというやつだ」
「ふふっ、アルト君は女の子の扱いはまだまだね」
「……精進したいとは思っている」
「うんうん、がんばれがんばれ」
一瞬にして立場が逆転してしまった。
さすがジニー、というべきか。
「じぃー……」
「うわっ!?」
気がつけば、どこからか現れたユスティーナが、ジト目でこちらを見ていた。
なんていうか……ものすごい顔をしていた。
視線に力があるのならば、俺は押しつぶされているかもしれない。
「アルトが浮気してる……ボクというものがありながら……うぅ、うううううぅーーー」
「ちょ……ち、違うからね!? 私とアルト君は、別にそういうわけじゃないし……エルトセルクさんの勘違いだから!」
「……などと、被告人は供述しており」
「被告人!?」
「むうううっ」
ユスティーナは子供のように膨れていた。
どこからどう見ても嫉妬している。
彼女のこういうところは初めて見る。
ちょっと失礼かもしれないが、新鮮な気分だった。
また一つ、ユスティーナのことを知ることができたと思う。
「エルトセルクさん、私、本当にそういうつもりはないからね!? 本当だから! アルト君のこと、男として見たことなんて一度も……な、ないわよ!?」
「今、口ごもったよね……?」
「そ、それは……だって、仕方ないじゃない! あんな風に助けてくれたら、そりゃあ、少しはときめいちゃうっていうか……ああっ!? 私はなに自爆してるのよ!?」
ジニーが壊れた。
「おいおい、こんな廊下でなにやってるんだよ、お前ら」
今度はグランが現れた。
廊下のど真ん中でああだこうだと騒いでいる俺たちを見て、呆れている様子だ。
よくよく見れば、他の生徒の姿も遠くにあった。
今は休み時間なのだろう。
何事かと、チラチラとこちらを見ている。
「話を続けるなら、とりあえず場所を移そうぜ。俺からも、アルトたちに話しておきたいことがあるんだ」
「わかった」
グランの話しておきたいこと、というのは見当がつかないが……
特に断る理由もないため、中庭へ移動した。
「ここなら他に聞かれることはないか」
グランの話とやらは、多くの人に広まるとまずいものらしい。
そのためなのか周囲を気にしていた。
「それで、話っていうのは?」
「もちろん、アルトとジニーの関係についてだよね!? 双子の妹が寝取り展開を希望していることについて、兄として止める義務が……はぐぅ!?」
ここぞとばかりに言葉を並べ立てるユスティーナの口をふさいだ。
「ユスティーナ……すまん。話が進まないから、少し口を閉じていてくれ」
「むううう……」
ユスティーナは不満そうにしていたが、とりあえず、おとなしくしてくれた。
熱くなりすぎていると、自覚はしているらしい。
その間に、グランに話の続きを促す。
「これはオフレコで頼む。ちゃんと聞いたわけじゃなくて、たまたま聞こえたものだからな」
事故の後……グランはまず、ユスティーナの様子を見に行ったらしい。
俺の方はジニーがいるから、後回しにしても問題ないだろう、という判断らしい。
そして、グランは竜舎に足を運んだのだけど……
そこで教師と治癒師の話を偶然聞いてしまったらしい。
その内容というのが、
「アレは……事故じゃなくて事件かもしれない」
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