229話 戦士の涙
「……!」
声帯を潰されているのか、執事が声をあげることはない。
その代わり、強烈な殺意をまとい、突貫を繰り返してきた。
「くっ!?」
まるで砲弾だ。
動いた、と思った次の瞬間には、執事が目の前に迫っていて……
慌てて体を横にして避ける。
ゴォ! と風を巻き込む感覚。
わずかにかすっただけなのだけど、それでも、かなりの痛みを受けてしまう。
なんていう威力だ。
さきほどよりも速く、鋭く……どんどん力が増している。
もしも直撃したら、即死かもしれない。
「なんて厄介な……!」
執事は今、肉体にかけられているリミッターを解除して、100パーセントの力を発揮しているのだろう。
俺が持つ切り札と似た力だ。
しかし、彼の方が優れている。
俺は時間的な制限があるものの、彼はそれがない。
呪術により肉体を改造されて、意識も痛覚もないからなのか、いくら体が傷ついても構うことはない。
反動を気にすることなく、全力で、いつまでも戦うことができる。
「くっ……どうする?」
こちらも、身体能力を100パーセント発揮するという技を使い、対抗するか?
俺の場合は、さらに限界を超えた、120パーセントまでの力を引き出すことができる。
あれから、何度も何度も特訓をして、密かに身につけておいた技だ。
それならば、執事を圧倒することができるだろう。
ただ……
それは、あまりに強力すぎる。
後々の反動が恐ろしいということもあるが……
それ以上に、手加減が不可能なのだ。
まだ、完全に使いこなすことができていない。
自滅するということはないが、手加減というものは難しく……
全ての力を相手に叩き込むことになる。
それに耐えられるということは、呪術で強化されていたとしても、無理だろう。
「くそっ、どうする!?」
「……!」
執事と戦いつつ、どのようにして戦いを収めるべきか考える。
この人は、ミリフェリアの被害者だ。
できるのならば助けたい。
ただ、理性も心も消えているらしく、もはや殺戮兵器と化している。
こんなものを相手にして、うまく無力化できるのだろうか?
「……う……ぐ……」
わずかに、執事の口から悲鳴のような声がこぼれた。
見ると、彼は、体のあちらこちらから血を流していた。
目や耳からも血が出ている。
限界を超えて体を酷使し続けた反動だろう。
「やめろっ、それ以上は死んでしまう! 早く元に戻せ!」
「……」
執事はなにも答えない。
くそ、ならば……
「ミリフェリア!」
「あら、なんでしょうか? もしかして、今頃になって、わたくしの愛に応えると? とても腹立たしくはありますが……でも、そうして素直になるというのでしたら、考え直してもよろしくてよ」
「まだ、そんなことを……それよりも、彼に戦うのを止めるように命令するんだ! このままだと、彼は死んでしまうぞ!?」
「それがなにか?」
心底不思議そうに、ミリフェリアは首を傾げた。
「彼は、わたくしに仕えることができて、幸せなのですわ。わたくしのために全てを投げ出すことこそが、使命であり宿願。なればこそ、わたくしは、彼をとことん使い潰しましょう。その命、すり減らしましょう。死んだとしても、それはそれで構いません」
「お前というヤツは、どこまでも身勝手なんだ!!!」
全身の血が沸騰するかのような、激烈な怒りが湧き上がる。
こんなヤツのせいで、苦しむ人がいるなんて……
くそっ、どうする!? どうすればいい!?
「……シテ……」
不意に、執事が動きを止めた。
糸の切れた操り人形のように、ピクリとも動かない。
どうしたのだろうか……?
いつでも動けるように警戒しつつ、ひとまず様子を見る。
「……コロ……シテ……」
「今のは……」
執事が喋っているのだろうか?
「そんな、これはいったい……わたくしの命令に従わないなんて、このようなこと……動けっ、動きなさい! その裏切り者を殺すのです!!!」
「グ……ア……!!!?」
見えないなにかと必死に戦っている様子で、執事は苦痛の声をこぼす。
体を震わせて……
魂を震わせているのがわかる。
彼の目がこちらを見た。
その瞳は、人としての確かな理性があった。
「コロ、シテ……クレ……」
彼は、血の涙を流していた。
このようなことは望んでいない。
こんなことのために、ミリフェリアに仕えていたわけじゃない。
彼女の無茶な命令で誰かを殺めてしまうのならば、いっそのこと、自分のことを……
彼の瞳は、必死にそう訴えていた。
「くっ……!」
ギリギリと心が締め付けられる。
奥歯を強く噛む。
こんな理不尽、許されていいわけがない。
ミリフェリア・グラスハイム……絶対に罪を償わせる。
だがしかし、その前に……
「……俺のことを恨んでくれて構いません」
彼に安らかな眠りを。
俺は腰だめに深く槍を構えて、
「……アリガトウ……」
大きく踏み出すと同時に、彼の心臓を貫いた。
彼は……笑っていた。
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