223話 戦う決意を
「愛しておりますわ、アルトさま……」
ミリフェリアは瞳を潤ませて、熱っぽい視線でこちらを見つめてきた。
そして、告白をする。
シンプルではあるが、とても情熱的な告白だ。
彼女の妖しい魅力もあり、普通なら簡単に陥落してしまうだろう。
ただ、俺が彼女の気持ちに応えることはない。
絶対にない。
俺がユスティーナに想いを寄せていることは別にして……
そうでなかったとしても、ミリフェリアに心を預けることはないだろう。
それはなぜか?
ミリフェリアは俺を見ているようで、こちらを見ていない。
俺個人……アルト・エステニアに対する好意というものを、まったく感じられない。
彼女が見ているのは、若き英雄と呼ばれている俺だ。
個人を見ているのではなくて、誇大に表現された、英雄の幻を夢見ている。
こうして直に接することで、そのことがよく理解できた。
要するに……
言い方は悪いかもしれないが、ミリフェリアは、恋に恋しているだけ。
有名な人を前にして心が躍り、憧れているだけで、それを恋愛感情と勘違いしているだけ。
他になにもない。
愛していると言いながらも、その心はなにもない空っぽ。
これほど虚しい告白はないだろう。
「さあ、アルトさま。わたくしと一緒に参りましょう? 愛を育み、心を鍛え、魂を繋げましょう? わたくしとアルトさまは、結ばれる運命にあるのですから」
「あなたは……」
彼女の言動からは、狂気しか感じられない。
なぜ、こんな風になってしまったのか?
わずかな興味が生まれるものの、今はそれどころではないと、気を引き締め直す。
「グラスハイム先輩」
「あら、いやですわ。わたくしとアルトさまの仲ではありませんか。どうか、ミリフェリアとお呼びください」
「しかし……」
「わたくしのコレは、癖のようなものなので。どうぞ、アルトさまはお気になさらず」
「……わかりました。ミリフェリア、そう呼ばせてもらいます」
「丁寧語なのが気になりますが……まあ、それはよろしいでしょう。そういう細かいことは、追々と……ですね。ふふっ、わたくしたちには、たくさんの時間があるのですから」
「残念ながら、時間はありません」
「え?」
「俺は、あなたの気持ちに応えられません」
ミリフェリアの愛が歪んでいることは、すぐに理解した。
中身のない告白だということも理解した。
それでも。
彼女なりに想いを伝えてくれたのだ。
それを無碍に扱うことはできず……
できるだけ誠実であろうと心がけつつ、彼女の想いに対して、真正面からしっかりと答えを返す。
「それは……どういう意味なのですか?」
「俺は、他に好きな女の子がいます。だから、ミリフェリアの想いに応えることはできない」
「好きな女の子?」
「はい」
「それは、例の竜の王女ですか?」
「はい」
「……」
激高するだろうか?
恐る恐る反応を見守るのだけど……
意外というべきか、ミリフェリアは落ち着いたままだ。
笑顔で語りかけてくる。
「ふふっ、アルトさま、わたくしは狭量な女ではございませんわ」
「え?」
「アルトさまほどの方になれば、側室を持つことは当たり前。そこに竜の王女やその他の女を加えたとしても、なにも問題はありません。わたくしは正妻として、全てを受け止めましょう」
この人は、いったいなにを言っているのだろうか?
俺の話を聞いて、どうしてそういう発想に至るのだろう?
自分が正妻であると、信じて疑わないのはなぜだろう?
この時、ミリフェリア・グラスハイムという女の子に、恐怖を覚えた。
「……俺は、今は、側室なんてことは考えられません」
「あら? ですが、今の話では……」
「俺が一番に考えているのは、ユスティーナです。ミリフェリア、あなたではない」
「……」
真正面から、バッサリと彼女の好意を切り捨てた。
ミリフェリアがセルア先輩とセリス先輩に酷いことをしていたとしても……
やはり、女の子の告白に対して、こんな返しをしてしまうことを心苦しく思う。
しかし、こうでもしないと、俺の気持ちは伝わらないだろう。
彼女は、ありとあらゆる物事、言葉を、全て自分の都合のいいように解釈しているような気がした。
だからこそ、これ以上ないくらいにストレートな言葉を投げつけたのだけど……
「……なるほど。なるほどなるほどなるほど」
「ミリフェリア?」
「どうもアルトさまの様子がおかしいと思ったら、そういうことなのですか。まさか、まさか、このようなことになっているなんて。アルトさま、かわいそうに……」
「かわいそう? ミリフェリア、キミはなにを言っているんだ?」
彼女の言葉が理解できない。
彼女の考えていることがまったくわからない。
俺は今、なにと対峙している?
ミリフェリアは、本当に同じ人なのか?
そんな疑問を持ってしまうほどに、ミリフェリア・グラスハイムという女の子は異質で、おかしくて、歪んでいて……
そして、どこまでも致命的に狂っていた。
「アルトさまは、騙されているのですわ」
「騙されて……いる?」
「ええ、そうですわ。アルトさまの心は、底が見えるほどに澄んだ透明な湖のよう……誰も疑うことはない。竜の王女やその他の泥棒猫は、アルトさまの純粋な心を利用したのでしょう。自分こそが一番なのだと、ありもしない嘘を植え付けたのでしょう」
「いや、待ってください。どこをどう考えれば、そんな結論になるんですか? 俺は、純粋にユスティーナのことを……」
「黙ってくださいっ!!!!!」
「っ!?」
突然の怒声に驚いてしまう。
こちらが次の行動を考えている間に、ミリフェリアは控え室の出入り口へ向かう。
「アルトさま、待っていてくださいね。わたくしが、あなたさまの心を解き放ってさしあげますわ」
「いったい、なにを……」
「ふふっ、では、また。次に会う時は、情熱的なハグを期待いたしますわ」
優雅に一礼して、ミリフェリアは扉の向こうに消えた。
その背中を呆然と見送り……
少しして、ハッと我に返った俺は、慌てて後を追う。
「……いない?」
呆然としていたのは、せいぜい10秒くらいだと思う。
たったそれだけの間なのに、ミリフェリアはどこかに姿を消していた。
彼女は、いったいなにをするつもりなのか?
なにを企んでいるのか?
イヤな予感が膨らんでいく。
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