22話 空へ
街でジャスと遭遇してから一週間が経った。
最初はなにかしてくるのではないかと、警戒していたものの……
特に何事もなく時間が過ぎた。
杞憂だったのかもしれない。
そのままさらに数日が過ぎて……
俺とユスティーナは、いつものように一緒に登校して、いつものように授業を受ける。
――――――――――
「はい、今日は飛翔訓練を行います」
体操服に着替えてグラウンドに集合すると、先生がそんなことを言う。
先週までに、クラスメイト全員が騎乗訓練を無事に終えることができた。
なので、今日からは新しい段階に踏み込み、飛翔訓練……つまり、竜に乗り空を飛ぶ訓練に突入する、というわけだ。
竜と一緒に空を飛ぶ。
竜騎士を目指す者ならば、誰もが憧れる瞬間だ。
クラスメイトたちはわくわくした様子だった。
グランとジニーも落ち着きがなく、目を輝かせていた。
たぶん、俺も似たような顔になっていると思う。
「竜は人に力を貸してくれます。その力を持って、他国からの侵略に打ち勝ったことがあります。しかし、竜に頼りっぱなしではいけません。私たち人も、彼らと一緒に空を飛ぶことで……」
「ねえねえ、アルト」
ただ一人、先生の話を聞くことなく、ユスティーナはマイペースを保っていた。
「みんな、どうしてはしゃいでいるの?」
「ここにいるみんな、飛翔訓練なんて初めてだからな。空を飛ぶことに憧れているんだよ」
「ふーん、そうなんだ」
簡単に空を飛ぶことができるユスティーナには、いまいちピンと来ない話なのかもしれない。
「ちっちっち、エルトセルクさんはわかってないなあ」
どこからともなく、話を聞きつけてジニーが現れた。
「騎士と竜が一緒に空を飛ぶ。それはすなわち……二人の共同作業!」
「共同!?」
ユスティーナが食いついた。
「騎士と竜の間に信頼関係がなければ、空を飛ぶことは叶わない。共同作業でありながら、二人の絆が確かめられるのよ。いわば、愛の試練!」
「愛!?」
「というわけだから、全力で挑まないとダメよ。ここで、できる竜ってことをしっかりとアピールして、アルト君の心を鷲掴みにしないと」
「うんっ! ボク、がんばるよっ!」
俺のことで、ユスティーナがジニーに相談をしているらしい。
そのせいか、最近、この二人は妙に仲が良い。
たぶん、気が合うのだろう。
「よっ、アルト。調子はどうだ?」
「特に問題はない」
二人には言っていないが、今も竜の枷はつけている。
ただ、それなりの日数が経っているため、そろそろ3倍の重力にも慣れてきた。
まったく気にならないというほどではないが、問題なく日常を送ることはできる。
「初めての飛翔訓練だからな。今日はがんばろうぜ」
「ああ」
「それでは、ただいまより飛翔訓練を始めます」
先生の声が響いて、俺たちは所定の位置に移動して待機した。
騎乗訓練の時と違い、竜が三匹いる。
いつもと比べると一匹多い。
飛翔訓練は、騎乗訓練に比べると時間がかかるため、調整したのだろう。
プラス、竜形態のユスティーナが三匹の竜の隣に並んでいた。
「アルト、早く訓練を始めよう」
準備万端というように、ユスティーナが翼をバサバサと羽ばたかせた。
ユスティーナは俺以外を背中に乗せることを拒んでいる。
そのため、実質、ユスティーナは俺の騎竜になっていた。
神竜バハムートを……しかも、竜の王女を騎竜にするなんて恐れ多いが……
その辺りはもう深く考えないことにした。
断ると捨てられた子犬のような顔をするため、断ることができない。
素直にユスティーナの好意に甘えることにして……
いつか、恩を返そうと思う。
「おっ、アルトと一緒か」
「よろしくね、アルト君。エルトセルクさん」
グランとジニーが最初らしく、それぞれ竜の背中に乗る。
それともう一人、男子生徒が竜に乗る。
最後に俺がユスティーナの背に乗り……準備完了だ。
「飛翔するための方法は、数日前から座学で教えていた通りです。本番だからといって焦ることなく、落ち着いて、しっかりとやりましょう。そうすれば、竜はあなたたちに応えてくれます。では……はじめ!」
先生の合図で、ユスティーナの顔につけられている手綱を引いた。
グランとジニー、もう一人の男子生徒も同じようにする。
それぞれの竜が鳴いて……
翼を大きく広げると、空へ舞い上がる。
「うわっ、うわわわ!?」
男子生徒の竜が暴れて、振り落とされそうになっていた。
手綱の力加減を誤るか、なにかしらミスがあったらしく、竜が言うことを聞いていないみたいだ。
ただ、それも仕方ない。
飛翔訓練は、騎乗訓練の何倍も難しい。
ただ背に乗るだけではなくて、竜に言うことを聞かせなければいけない。
しっかりとした方法で、手順を一切間違えることなく、なおかつ、竜の信頼を裏切らないように毅然とした態度で挑まなければならない。
失敗する確率は5割を超えるという。
しかし……
「よしっ、いいぞ! その調子だ!」
「うんうん、いい子ね。もっとがんばってちょうだい!」
さすがというべきか、グランとジニーは巧みに竜に言うことを聞かせて、ゆっくりと上昇していった。
今のところ竜はおとなしく、暴れる様子はない。
二人共、しっかりとコントロールしているみたいだ。
そして、俺はというと……
「いっくよー、アルト!」
「うお!?」
ユスティーナが一気に上昇して、一瞬で空高くに舞い上がった。
手綱を握っているのは俺だけど、そんなものでユスティーナをコントロールできるわけがない。
彼女は彼女の思うがまま、空を自由に飛ぶ。
が、これでは訓練にならない。
相手がユスティーナでも……いや、ユスティーナだからこそ、俺はきちんとコントロールしなければいけない。
「ユスティーナ、落ち着け。いきなり、そんなに派手に飛び回るな」
「えー、なんで? これ、飛翔訓練なんだよね? なら、びゅわーってあちこち飛び回った方がよくない? あっ、もちろん、アルトはちゃんと背中に乗せるよ。落ちないように気をつけてね」
「それじゃあ意味がないんだよ。あー……ほら、ジニーも言っていただろう? 騎士と竜の共同作業だ、って。ユスティーナが勝手に飛び回るんじゃなくて、俺の意思も合わせて……二人で一緒に空を飛ぶぞ」
「……一緒に……」
その言葉は、ユスティーナの心に響いたらしい。
その場で滞空して、一度、落ち着きを取り戻した。
「いくぞ、ユスティーナ」
「うんっ!」
手綱を操り、ユスティーナに飛ぶ方向、速度などを指示する。
ユスティーナはそれに従い、翼を羽ばたかせた。
上昇、下降。
右に旋回した後、今度は左へ旋回。
急停止……後に反転、という荒業にも挑戦してみる。
いずれもユスティーナは俺に応えてくれた。
「ありがとな、ユスティーナ」
「ふぇ? なんでお礼を言うの?」
「俺のために、きちんとやってくれているんだろう?」
「ううん、そんなことないよ。アルトの指示が的確で、なおかつ、嫌なものじゃないから……だから、ちゃんと飛ぶことができるんだよ。ちょっとでも嫌だったりおかしな指示だったりしたら、ボク、混乱してうまく飛べないと思うし……アルトの腕がいい証拠だと思うよ」
「そんなことはないと思うが……」
「そんなことあるんだよ」
隣の方から声が聞こえた。
見ると、竜に乗ったグランがゆっくりと上昇して近づいてきた。
「いくらエルトセルクさんが騎竜だとしても……おっと……いきなり、あんな自由自在に飛ぶなんてことできないからな」
「そうそう。あれだけできるのは、純粋にアルト君の才能だと思うわ」
続けてジニーも現れた。
グランよりは安定しているらしく、多少の余裕を感じられた。
「アルト君は、竜の気持ちを理解できるんじゃないかしら? 心に寄り添うことができる、っていうか……そういうところ、すごいと思うわ」
「うんうんっ、二人共わかってるねー! アルトって、そういうところがあるよね。だからボクも、大好きなんだ!」
「……持ち上げないでくれ。俺は、大したことはない」
「くふふ、アルト、照れてる?」
「照れてない」
「もう、否定しなくてもいいのに。照れるアルトもかわいいよ」
「うぐ……」
ちょくちょく、ユスティーナはマウントを取りたがるんだよな。
お姉さん気質なのだろうか?
「さて……そろそろ戻るか。時間だ」
飛翔訓練は、一人15分だ。
それで、午前中いっぱいを使って行われる。
一人で独占してしまうと、昼休みに食い込んでしまう可能性があるため、そろそろ戻らないといけない。
グランとジニーも頷いて、それぞれ手綱を……
「えっ!?」
ジニーの驚きの声。
何事かと見てみると、ジニーが乗る竜の翼が一部、切れていた。
「ジニー!?」
「きゃあああっ!?」
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