217話 とある聖騎士と暗躍する者
「ふう」
大会が開かれている会場の外にククルの姿があった。
制服姿で背中に大剣を背負っている。
そのまま、会場の周囲を歩いて回る。
散歩をしているわけではないし、屋台を見て回っているわけでもない。
警備のために巡回をしているのだ。
「うぅ……自分も出場したかったのであります」
肩を落としつつ、とぼとぼと歩く。
ククルも戦術武闘大会への出場を表明していた。
アルトやユスティーナが出場すると聞いて、なぜか、おとなしくすることができなかったのだ。
ぜひぜひ、アルトと戦ってみたい。
きっと良い試合になる。
戦いを通じて、お互いのことを今以上に理解できるだろう。
そんな風に楽しみにしていた。
ククルは意気揚々と、大会に参戦したい旨を上司に伝えた。
そして……却下された。
「聖騎士が出場したら勝負にならないだろう、って……うぅ、それはそうかもしれませぬが、しかし、それは自惚れでは? 確かに身体能力は優れていますが、しかし、戦術も優れているわけではなくて、負ける可能性もあるのであります。そもそも、自分がダメだとしたら、エルトセルクさんが出場していることに納得がいかないのであります」
愚痴をこぼすククル。
それくらいに、大会に出場することを楽しみにしていた。
アルトと戦うことを、心待ちにしていた。
しかし。
なぜ、アルトと戦うことを望んでいたのか?
そのことについて、深い理由はよくわからない。
ただ、そうしたい、と思っただけなのだ。
「むぅ……」
ククルは腕を組んで考える。
しかし、すぐに思考を放棄した。
「ダメなのであります。こういうことは苦手で……それに、出場できなかったとはいえ、任務は任務。会場の人たち、その周りの人たち。守ることに専念しなければ」
大会に出場できないことは残念ではあるが、本来の任務は、人々を守ること。
それが聖騎士の務め。
「がんばらなければいけません!」
ククルは気合を入れ直して、巡回を再開した。
街は平和そのものだ。
お祭り騒ぎということで、多少のトラブルはあるものの、大きな騒動に発展することはない。
ケンカが起きたとしても、仲裁に入れば、大体はすぐに収まる。
背中の大剣を抜くような事態は起きていない。
「この区画は問題なさそうでありますね。次の区画へ……む?」
ふと、嫌な気配を感じた。
自分に敵意や悪意が向けられているわけではない。
ただ、長年培ってきた経験により、なにか事件が起きているという感覚を得たのだ。
空気が淀んでいる。
「……」
ククルは軽く右手を後ろに下げて、いつでも大剣を抜けるように構えた。
その状態で、嫌な気配がする裏路地に入る。
裏路地は、表の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
人はいない。
人だけではなくて、虫一匹、見当たらない。
なにかがある。
ピリピリとしたものを感じて、ククルは緊張を覚えた。
さらに警戒しつつ、ゆっくりと奥へ進む。
そして……
「なっ!?」
人が倒れていた。
初老の男と女が一人ずつ、血溜まりの中に倒れている。
その横に立つ、黒尽くめの者。
頭からつま先までを覆うような黒いローブを着ているため、性別がどちらなのかわからない。
ただ、血に濡れた短剣を手にしていた。
血溜まりに倒れている男女。
短剣を持つ不審者。
どう考えても、事件の被害者と加害者だ。
「しっ!」
おとなしく投降するような相手ではない。
長年の経験から、そう判断したククルは、大剣を抜いて突撃した。
狭い裏路地では、左右の建物の壁が邪魔をして、巨大な大剣を振るうことは難しい。
難しいはずなのだけど……ククルにとっては、なんの障害でもなかった。
薙ぎ払うことができないのならば、縦に振り下ろせばいい。
その際に隙が生まれるのならば、すぐに剣を引いて、突けばいい。
言葉にするだけならば、それはどれだけ簡単なことか。
ただ、実際にやろうとすれば、とてつもない膂力と瞬発力、判断力に反射神経が必要とされる。
しかし、聖騎士であるククルなら問題はない。
普通なら絶対にできないようなことを、常人を遥かに超えた力で、軽々と成し遂げてしまう。
相手が悪かった。
瞬く間に、不審者の一人が制圧されてしまう。
「残るは、あなただけであります!」
ククルは巨大な大剣の先端を向けた。
仲間が囚われているのだけど、なにも反応はない。
言葉もなく、態度も変わらない。
不気味な沈黙を保ち続けていた。
「殺人事件の容疑者として、拘束させていただくのであります」
「……」
「おとなしく投降するならよし。抵抗するのならば、骨の一本や二本、覚悟してもらうのであります」
ぶわっと、ククルから圧倒的な闘気が放たれた。
ともすれば、そのまま気絶してしまいそうなほどの圧力。
それを受けて、逃げられないと悟ったのだろう。
残りの一人は……
「っ……!!!」
「えっ」
舌を噛み、自決した。
情報が漏れることを恐れてのことだろうが、まさか、そこまでするなんて。
完全に虚を突かれた形となり、ククルは唖然としてしまう。
「ぐっ……」
「まさか!?」
もう一人も舌を噛み、自決していた。
「いったい、どうしてそこまでのことを……」
なにを恐れ、自決したのか?
疑問に思いつつ、被害者の元へ歩み寄る。
「これは……」
見覚えのある顔だった。
任務上、何度か顔を合わせたことがある。
被害者は……五大貴族の一つ、グラスハイム家の夫妻だった。
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