21話 絡みついてくる過去
「……ジャス……」
きっと、今の俺はものすごく顔を歪めているだろう。
あるいは、怯えているか。
どちらにしても、あまり他の人に見られたくないような顔をしている。
そんな俺を見て……ジャスは、顔に貼り付けた仮面のような笑みを崩さない。
以前ならば、冷たく刺すような表情に切り替わり、暴言と手が出ていたのだが……
「寂しいですね、そのような顔を向けられるなんて。色々とありましたが、私は、エステニアのことを友達だと思っていたのですよ」
「よくいう……」
「誤解されるのも仕方ありませんね。ですが、これは本心ですよ。私は、今でもあなたのことを大事な存在だと思っていますよ。ふふふ」
笑みは崩れない。
しかし、悪意というものが目に見えてしまいそうなほどに膨れ上がっていた。
「なによ、あんたは」
「アルトになにか用か?」
グランとジニーがジャスを睨みつけるようにして、前に立つ。
「私はエステニアの友達ですよ。いつも楽しく過ごしていましたよ」
「そうか、てめえ……セドリックの仲間だな?」
「悪いけど、アルト君はもうあんたたちと関わる気はないの。帰ってくれる?」
「おや。これはおかしい。あなたたちも見て見ぬ振りをしていたはずなのに、いつの間にかエステニアの味方に? 何事もなかったようにふるまえるなんて、厚顔無恥というか、なかなかに素敵な性格をされているみたいですね」
「そ、それは……くっ」
「私たちは……」
「あなたたちは私と同じですよ」
痛いところを突かれたというように、グランとジニーはたじろいでしまう。
確かに、グランとジニーは見て見ぬ振りをした。
ある意味で、セドリックのいじめに加担したといえる。
でも……
「それは違う」
「アルト?」
「グランとジニーは友達だ。でも、ジャス……あんたは違う。ただの他人だ」
そこは、はっきりと断言することができた。
自然と言葉が出てきた。
グランとジニーがジャスと同じ?
バカを言うな。
この二人が、ジャスと同じであってたまるものか。
「くっ……エステニアごときが、この私にそのような口を……!」
一瞬、ジャスの笑顔の仮面が剥がれかけた。
しかし、すぐに冷静さを取り戻して、再び笑顔の仮面を身につける。
「実は、少し話したいことがありましてね。そのために、あなたを探していたのですよ」
「……話っていうのは?」
「なに、他愛のない話ですよ」
ジャスはにこにこと笑いながらこちらに近づいてきた。
そして、そっと顔を寄せて、俺にしか聞こえない声でつぶやく。
「……神竜を味方につけたからといて、調子に乗らないでくださいよ。忘れないでください。エステニア……あなたは、私たちのおもちゃなのですからね」
「っ……! 貴様……!」
「では、また」
ジャスは何事もなかったように俺から離れると、軽く一礼して立ち去る。
その背中を、俺は見送ることしかできない。
「ねえ、アルト……大丈夫? 青い顔をしているよ」
「……」
「アルト? ねえ、アルト!」
「え?」
「もうっ、ボクの話、ちゃんと聞いてる?」
「すまん……ちょっと、ぼーっとしてた」
「むぅ」
ユスティーナは拗ねるような、それでいて俺を心配するような、そんな複雑な顔になった。
「今の男、だれ?」
「えっと……ジャス・ラクスティン。セドリックの取り巻き連中の一人だ」
「え!? あいつの取り巻きなんていたの!? ボク、知らなかったよ……」
「ユスティーナは遅れて入学したから、知らなくても無理はないさ」
「その……ジャス? とかいうやつ。まだアルトに絡んでいるの? そうだとしたら……ふっ、うふふふ……許せないなあ。ちょっと、おしおきしてこようかな?」
「まてまてまて!」
ユスティーナが凄絶な表情を浮かべたため、慌てて止めに入る。
「確かにジャスはセドリックの取り巻きだが、一応、あれからなにもしていない。それなのに、こちらから手を出すというのは、ちょっと……」
「でもでも、さっき、アルトになにか言っていたよね? なんて言われたの?」
「それは……」
文言だけを見るならば、宣戦布告以外のなにものでもない。
しかし、そのことをユスティーナに話したら、たぶん、竜拳制裁になるだろうし……
怪しいというだけで攻撃をしかけていたら、とんでもない暴君になってしまう。
ある程度、警戒する必要はあるが……
今は様子見が一番だろう。
「いや、なんでもない。大したことじゃないさ」
「ウソだね」
ユスティーナが断言した。
「どうして、そう思う?」
「ボクはアルトのことが好き。たくさん好き。だから、アルトの考えていることも、なんとなくわかるの」
なんだ、そのよくわからない三段論法は。
しかし、外れていないから侮れない。
「エルトセルクさん、落ち着いて」
「ジニーまでボクを止めるつもりなの?」
「そういうことになるかなあ……」
「グランは!?」
「俺も、どっちかっていうとアルトの味方だな」
「ボクの味方が一人もいない!」
ユスティーナが頭を抱えた。
「アルト君の言う通り、あいつ、今はなにもしていないから。それなのに手を出せば、さすがにまずいことになると思うわ。まあ、エルトセルクさんに手を出せる人なんていないけど……でも、同族なら別でしょう? なにもしていない人を攻撃した、って父親や母親が知ったら、普通、怒られるんじゃない?」
「うっ……それは確かに……」
「アルトのためとはいえ、暴走するのはどうかと思うぞ。まあ……なにもしてこなかった俺たちよりは、何倍もマシだけどな。はは」
グランが自虐的な笑みをこぼしながら、そう話をまとめてみせた。
「……わかったよ。今はなにもしない」
二人に説得される形で、ユスティーナはジャスを追うのを諦めた。
「でも、保険はかけておかないとね」
「保険? なんのことだ?」
「ううん、なんでもない。それよりも、これからどうする?」
一瞬、あくどいことを考える顔をしていたのだけど……
今は普通に戻り、いつものユスティーナだった。
「なんか邪魔が入っちゃったけど……ボクとしては、まだまだ遊びたい気分かな? ねっ、アルト」
「ああ、そうだな。気を取り直して、続きといくか」
「そうしましょう。グランがおいしいものをおごってくれるみたいだから」
「おいっ、なんでそんな話になるんだよ!?」
「主催者なんだから、ちょっとは身銭を切りなさい」
「無茶苦茶言うな……くそっ、仕方ねえな。軽いもんなら奢ってやるよ」
「ごちになります♪」
「ジニーにはおごらねえよ! てめえはもてなす側だろうが!」
「あーあー、聞こえませーん」
「あははっ、グランもジニーもおもしろいね」
ユスティーナが笑い……
その笑顔がみんなに伝わり、グランとジニーも笑う。
俺も笑う。
こんな時間を大切にしたいと思う。
この学院で手に入れた、初めての安らげる場所。
運命のようなユスティーナとの出会いで、手に入れることができた。
彼女に助けられてばかりじゃなくて……
自分で守れるようにならないといけない。
そのためにも、もっと強くならないとな。
体だけではなくて心も。
――――――――――
街でアルトたちと話をした後……
ジャスは寮の部屋に戻り、今後のことを考えていた。
「あれがエステニアの友達ですか……」
グランとジニーのことを思い返した。
ジャスはクラスが違うため……また、ユスティーナがいるため気軽に近づくことはできず、噂でしか聞いていないが……
アルトはクラスメイトたちと和解して、友達を作り、学生らしい学生生活を謳歌していると聞いた。
その象徴がグランとジニーだろう。
二人のことはジャスも知っていた。
成績はそれなりに優秀だけど、特筆するようなものはない。
ただ、人望は厚いらしく、色々な人に慕われているという。
「そんな双子を味方につけることに成功して、さぞ浮かれていることでしょうね。まったく、忌々しい」
ジャスは舌打ちをした。
アルトが幸せになっていると思うと、無性に腹が立つ。
アルトは学院で最底辺の存在で、全てに劣る者だ。
そんな劣等種が幸せそうにしているところを見ると、プライドを傷つけられているような気がして、イライラとしてしまう。
完全な八つ当たりであり、気に入らないから……という理不尽極まりない理由ではあるのだけど、ジャスは己が間違っているとは思わない。
基本、いじめっ子というものはそういうものだ。
他人の気持ちをまるで考えようとしない、考えることができない、どこか壊れている人格破綻者だ。
「エルトセルクに手を出すことはできない……ならば、あの女の知らないところで、バレないようにうまくやればいいですね。そのためには……あの男の言う通り、双子は使えそうですね」
暗い笑みを浮かべながら、ジャスは頭の中でとある計画を組み立てていった。
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