202話 いつの間にか
大会初日は選手の数が多すぎるため、控室は個人個人に用意されていない。
まとめて数十人くらいが入る大部屋が割り当てられているくらいか。
次の試合まで1時間ほど。
しっかりと休まなければいけないほど疲れているわけではない。
それよりも、ユスティーナや他の選手を見ておきたいと思った俺は、観客席に移動した。
「やあ、アルト」
「セルア先輩? それに、セリス先輩も」
二人も出場すると言っていたので、ここにいても不思議ではない。
ただ、これだけたくさんの人がいる中で、偶然顔を合わせることになるなんて思ってもいなかったから、驚いてしまう。
それは向こうも同じだったらしく、少し驚いたような顔をしていた。
「アルトも出場するとは聞いていたけど、こんなところで会うなんて、思っていなかったよ」
「俺もです。先輩方の試合は、これから?」
「うん、そうだね。僕もセリスも、もう少し先……30分後くらいかな?」
「応援しています」
「ありがとう」
「アルトの試合、見ていたわ。さすがね」
「いえ、そんなことは」
「謙遜はしないで。本当に素晴らしい試合だと思ったし、あなたが謙遜をしたら、相手に対しても失礼よ」
はっとなる。
「それもそうですね……はい。ありがとうございます」
「アルトは、なぜか自己評価が低いわね。どうしてかしら?」
「えっと……まあ、色々とありまして」
別に、俺の過去を話すことに抵抗はないのだけど……
これから試合を控えている二人に余計な情報を与えて、心を乱したくなかった。
なので、適当にごまかしておいた。
「先輩方は、どのブロックなんですか?」
戦術武闘大会はトーナメント方式で、A~Hの8つのブロックに分かれている。
俺はAブロック。
ちなみに、ユスティーナは最果てのHブロック。
決勝まで当たることはないので、ある意味で安心だ。
「僕はBブロックだね」
「私はDブロックよ」
「……それなら、わりと早いうちにぶつかるかもしれませんね」
同じブロックでないというのは幸いなのだけど……
でも、場所が近いため、決勝トーナメントに進出した場合、わりとすぐに激突することになりそうだ。
二人の実力の全てを把握しているわけではないが……
強敵であることに間違いはない。
組み合わせの都合上、運が悪ければ、二人共に戦うことになることもある。
しっかりとしないといけないな。
今まで以上に気を引き締めた。
「どうなるかわからないけど……実際に戦うことになったら、よろしくね。って、よろしくっていうのも変か」
「セルアらしくていいんじゃない? 私も、よろしく。その時は、正々堂々と、全力で戦いましょう」
「はい」
セルア先輩とセリス先輩は強敵だ。
勝てるかわからないため、できることなら避けたい。
でも、同時に戦ってみたいという気持ちもあり……
俺は本来の目的を忘れて、ワクワクするのだった。
「次の試合が始まるみたいね」
観客が大きな声をあげて、セリス先輩がそう言う。
その言葉に反応して、リングに視線を向けてみると……
「えっ……ジニー!?」
なぜか、ジニーの姿が見えた。
目を擦るものの、見間違いや幻影というわけではないらしい。
その両手に、やや短い剣が握られている。
先の戦いから二刀流に変えたらしいが、直接、手合わせをしたことがないため、その実力は不明だ。
「知り合い?」
「は、はい。クラスメイトで……友達です」
保健室の告白以来、ジニーとまともに話をしていない。
大会に集中していたというのもあるが……
それ以前に、どう接していいか迷ってしまい、いざ顔を合わせると言葉が出てこないのだ。
さすがに、おはようなどの挨拶くらいはしているものの、それくらい。
今まで通りに接することはできず、普通の話はしていない。
だから、大会に出場するなんて聞いていない。
今、初めて知った。
「……ダメだな」
ユスティーナのことを考えるだけではなくて、ジニーやその他、周りに対してもきちんと向き合わないと。
一つのことを考えると、それ以外に目がいかなくなるというか……
そういうところは俺の欠点だ。
すぐにというのは難しいが、少しずつでも直していかないといけないな。
「ジニー!!!」
これだけの観客がいる。
聞こえるかどうかわからない。
それでも、俺は大きな声を出した。
その声は……届いた
リングの上のジニーが驚いた様子でこちらを振り返る。
「がんばれ!」
「……っ!」
ジニーが軽く手を振る。
さすがになにを言っているかまではわからないが、それでも、笑顔だった。
「がんばれ」
もう一度、小さな声でつぶやいた。
本人に届くとは思えないが、それでも口にした。
自然と、そんな応援の気持ちが表にあふれていた。
そして……試合が開始された。
――――――――――
ジニーの試合は圧倒的だった。
相手は、三年生。
実力も経験も相手が上のはずなのに、試合は、終始ジニーのペースだった。
相手の攻撃を喰らうことはない。
逆に、双剣が舞い踊り、的確にダメージを与えていく。
いつの間にあれだけの力を?
驚きつつも、彼女の勝利を喜び、出場者の控え室へ。
なにを話せばいいのか、それはまだわからないのだけど……
おめでとう、と、互いにがんばろう、という言葉を伝えたいと思っていた。
「やっほー、アルトくん」
控え室に向かう通路の途中にジニーがいた。
俺が来ることを予期していたらしく、こちらに歩いてきた。
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
ブクマークや☆評価をしていただけると、とても励みになります。
よろしくおねがいします!