表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/459

2話 ユスティーナ

 女の子の手を取り、走る。

 走って、走って、走って……


 それこそ、街を一周するような勢いで走り回り、なんとかナンパ男を撒くことに成功した。


「ふぅ……って、おおう!?」

「じー」


 女の子はじっとこちらを見つめていた。

 あちこち走り回ったのだけど、ぜんぜん息を切らしていない。

 学院に通う俺でも、多少は疲れているというのに……


「ねえねえ、なんでボクを助けてくれたの?」


 変わった一人称を使う子だった。


「なんで、と言われても……困ってただろ?」

「うん。ものすごく。遊びに行こう、って誘われたんだけど、あの人たち、全然魅力的じゃないし……断っても断ってもしつこく誘ってくるから、困っていたんだ。力づくで追い払ってもいいんだけど、今はお忍びだからなるべく目立ちたくないし……」


 でも……と間を挟み、女の子は言葉を続ける。


「そこそこの人がボクのことを見たんだけど、誰も助けてくれなかったんだ」

「マジか」


 この街、薄情な連中が多いな。


「でもでも、キミは違ったよ。ボクのことを助けてくれた。ありがとう」


 にっこりと女の子が笑う。

 とても綺麗な笑顔だった。

 この笑顔を見ただけでも、助けた価値はあったかもしれない。


「あー……悪い」

「なんで謝るの?」

「俺も、最初は見捨てようとしたんだよ」

「そうなの?」

「面倒事はごめんだからな……」

「でもでも、助けてくれたよね?」

「それは、目が合ったから仕方なく……」

「ううん、そんなことはないと思うな」


 女の子が、再びこちらを見つめてきた。

 顔が近い!


「……うん、やっぱり!」

「なにがやっぱりなんだ?」

「キミ、すごく綺麗な目をしているね。心が澄んでいる証拠だよ。そんなキミなら、絶対にボクのことを助けてくれたと思うんだよね」

「……買いかぶりだ」


 そんなことを言うのだけど……

 内心、俺は喜びを感じていた。


 セドリックから女の子を助けたことは間違いじゃないと、肯定されたような気がして……

 俺自身を認めてくれたような気がして……

 なんともいえない温かい気持ちになる。


「どうして泣いているの?」

「え……?」


 頬に手をやると涙の感触が。


「あ、いや、これは……悪い、なんでもない……あっ」


 女の子に抱きしめられた。

 胸が当たっているのだけど、不思議といやらしい気持ちにはならない。

 むしろ、安心することができた。


「いい子、いい子……大丈夫だよ。ボクがいるからね」

「……これ、逆に俺が助けられているみたいだな」

「いいんじゃないかな、それでも。最初にボクが助けられたから、そのお返しだよ」

「……ありがとな」

「ううん、どういたしまして」


 女の子に頭を撫でられる。


「どうしたの? イヤなことでもあった?」

「それが……」


 不思議と、俺は自分の身に起きていることをすんなりと話してしまう。

 今は心が弱っているのか、それとも、相手がこの子だからなのか……

 よくわからないけれど、いじめられていることを素直に告白した。


「そっか……大変だったね。辛かったね。がんばったね」

「うっ……」


 女の子に抱きしめられて……

 頭を撫でられる度に、どうしようもなく涙が出てしまう。


 助けた相手に甘えるって、俺、なにをしているんだか……

 街を行き交う人に、何事かと見られているのに、でも、涙が止まらない。


「……すまん。もうちょっとだけ、胸を貸してくれ」

「うん、いくらでもどうぞ」


 優しく撫でてくれる彼女に甘えて……

 俺はもう少しの間、泣いた。




――――――――――




 ほどなくして落ち着くことができて……

 そうなると、途端に恥ずかしさがこみあげてきた。


 顔を赤くしながら女の子から離れる。


「もういいの?」

「ああ、大丈夫だ。その……ありがとな」

「うん、どういたしまして。なんていうか、キミのことを放っておけなかったんだ」


 かなり情けないところを見せたのだけど……

 女の子は失望するとか、そういう表情を見せることはなくて、優しい顔のままだった。


「あ……」


 今になって気がついたのだけど、女の子は肘を擦りむいていた。

 たぶん、ナンパ男から逃げる時に、どこかにぶつけてしまったのだろう。


「その肘、大丈夫か?」

「え? ……あ、これ? これくらい怪我のうちに入らないよ。すぐに治るから、放っておいて平気だよ」

「そういうわけにもいかないだろ。じっとしててくれ」


 幸いというか、セドリックにちょくちょく絡まれるため、その対応として簡単な治療キットを持ち歩くようにしていた。

 女の子の手を取り、傷口を水で洗う。


「んっ」


 染みるらしく、女の子がびくりと震えた。

 悪いが、我慢してほしい。


 薬で消毒して、医療用のテープを貼れば完了だ。


「これで大丈夫だ」

「わぁ……ありがとう」


 女の子は手当が終わった肘を何度も見て……

 それから、にっこりと笑う。


「ボク、こんな風に優しくされたの初めてかも」

「大げさだな。大したことはしてないぞ」

「でもでも、すごくうれしいの!」


 どこか照れている様子で、女の子が頬を染める。

 にこりとはにかむ姿は、とてもかわいらしい。

 ついつい見惚れそうになってしまう。


「んー」


 女の子は、三度、こちらの顔を覗き込んでくる。


「ど、どうした?」

「なんでかな? キミの顔を、こうしてずっと見ていたいの。ドキドキするっていうか、落ち着くっていうか……」

「それ、矛盾してないか?」

「そうなんだけど、そうなんだけどね? でもでも、うー……自分で自分の気持ちがよくわからないよぉ」


 女の子が困った顔になる。

 力になりたいと思うが、彼女の心の問題っぽいので、さすがに俺にはどうすることもできない。

 ただ、支えることくらいはできるかと思い……


 そっと、彼女の手を握る。


「あ……」

「手に温もりを感じると、色々と落ち着くことがある、って聞いたから……どうだ?」

「……ますますドキドキが激しくなったかも。ひゃあああ」

「失敗したか……」

「でもでも、胸がぽかぽかするよ。こんなに温かい気持ち、初めてかも」


 正体不明の感情と言うが……

 女の子はそれを拒むことはなくて、むしろ、大切な宝物のように優しい顔をして受け止めようとしていた。


 誇張表現になるかもしれないが……

 その姿は聖母のようでもあった。


「って、まずい!?」


 気がつけば日が傾き始めていた。

 門限にはまだ時間はあるが、買い物をすることを考えるとあまり余裕はない。


「俺はそろそろ行くけど……この後、一人で大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ。この辺りは治安が良いみたいだから、たぶん、さっきみたいなことは起きないと思うし……こう見えて、ボク、強いからね」

「ははっ、なら心配はいらないか」


 冗談を飛ばせるくらいだ。

 心配はいらないだろう。


「じゃあ、俺はこれで」

「あっ、まって!」


 女の子に手を掴まれて、引き止められる。


「あのね……名前、教えてくれないかな?」

「俺の?」

「うん。キミのことが知りたいの」

「俺は、アルト・エステニア。さっき説明したように、竜騎士学院に通っている」

「アルト……エステニア……」


 しっかりと覚えるように、女の子はゆっくりと俺の名前をつぶやいた。


「アルト……アルト……アルト……なんだろう、ドキドキがどんどん強くなっていくよ。この気持ち、このドキドキ……ボクは……」

「そっちの名前はなんて言うんだ?」

「あっ、そうだね。言ってなかったね、ごめんね」


 失敗した、というように女の子が舌をぺろりと出した。

 子供っぽい仕草だけど、それが妙に似合っていてかわいい。


「ボクは、エルト……ううん。ボクは……ユスティーナだよ!」

「ユスティーナ……か」

「うん。キミには、ボクのことを名前で呼んでほしいな。よろしくね!」

「ああ、よろしくな」


 互いに笑みを浮かべて、握手を交わした。


「それじゃあ、今度こそ俺は行くよ」

「あのっ……また会えるかな?」

「どうだろうな。なんとも言えないが……運命が交差しているなら、機会は巡ってくるんじゃないか」

「……運命……」

「って、ホントに時間がやばい。じゃあ、またな!」

「うん、またね」


 自然と再会を約束する挨拶を交わして……

 俺はユスティーナと別れた。




――――――――――




 一人になったユスティーナは、頬を染めながら、アルトが立ち去った方をぼーっと見ていた。

 そっと、自分の胸に手を当てる。

 心臓はバクバクと高鳴っていた。


「どうしよう……ドキドキが止まらないよ。それに、今、すごく寂しいや」


 自然とアルトのことが頭に思い浮かぶ。


 アルトの声、アルトの笑顔、アルトの手の温もり……

 それら一つ一つがユスティーナの心を揺さぶり、優しいながらも楽しい刺激を与えてくれる。

 名前を呼んでくれた時、心臓が爆発してしまうかと思った。


「アルト……アルト……アルト……」


 何度も名前を呼んで……

 そして、不意に理解する。


「そっか……これが恋なんだ」


 ユスティーナはりんごのように顔を赤くしながら、ふにゃりと幸せそうに笑う。


 この日、ユスティーナという女の子は初恋を……

 一目惚れを経験した。

『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、

ブクマや評価をしていただけると、とても励みになります。

よろしくおねがいします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
別の新作を書いてみました。
【堕ちた聖女は復讐の刃を胸に抱く】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。

【ネットゲームのオフ会をしたら小学生がやってきた。事案ですか……?】
こちらもよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ