199話 それぞれの想い
「うーん、どうしよう?」
夕暮れ時。
ユスティーナは、ノルンと一緒に寮の回りを散歩していた。
昼はまだまだ陽が強く、汗ばんでしまうほどに暑い。
ただ夕方になると暑さはやわらいで、心地いい涼風が吹くように。
そんな心地よさを気に入ったらしく、最近では、ノルンが散歩しようとせがむほどだ。
以前、ペットにした犬型の魔物、カトラも連れて、散歩をする。
「あうあう~♪」
散歩をすることができてごきげんなノルンは、鼻歌を歌っていた。
そんな彼女の数歩先を、てくてくとカトラが歩いていく。
カトラがノルンをリードしているのか。
それとも、ノルンがカトラをリードしているのか。
判断に迷う光景ではあるが、微笑ましいことは間違いない。
「アルトと二人きりの旅行……えへ、えへへへ」
すでに優勝したつもりになっているユスティーナは、その時のことを考えて、だらしない感じで頬を緩ませた。
乙女としてあるまじき顔になっているが、しかし、恋する乙女は、時にこのような妄想をしてしまう。
それからふと真顔に戻り、ちらりとノルンを見る。
「うーん」
ノルンを一人にするのは不安だ。
というか、彼女一人を置いて旅行に行くことに抵抗感がある。
恋のライバルではあるものの、その一方で、ほぼほぼ妹のように感じていて、放っておくことはできない。
「……やっぱり、三人で行こうかな?」
そんなことを考えつつ、ユスティーナはノルンとカトラと一緒に散歩を続けた。
――――――――――
「……」
「……」
訓練場でジニーとアレクシアが武器を手に、対峙していた。
今すぐにでも切りかかりそうな、ただならぬ緊張感が流れる。
ほどなくして、共に小さな吐息をこぼす。
それと同時に緊張感が消えて、二人は小さな笑みを浮かべた。
「前日まで訓練をしちゃうなんて、ちょっと無理しすぎたかな?」
「いいえ。私達は、それくらいしておいた方がいいと思います。うまく勝ち抜けるかわからないですし……」
「アルト君と当たった場合、すぐに負けちゃうかもしれないものね。そうなったら、こちらの想いを伝えるどころじゃないし」
二人も大会に出場することを決めていた。
賞品に興味はないし、武勇を響かせることが目的でもない。
ただ単に、アルトに、自分達ががんばるところを見てほしい。
その上で、全力の気持ちをぶつけたい。
一度、告白を断られても、簡単に諦めることができない。
やれるだけのことはやって……
心も体も全力を尽くして……
その上で、初めて自分を納得させることができる。
二人は、そんな乙女なのだ。
「ジニーさん」
「アレクシア」
二人は互いの手を取り、握手をする。
「明日はがんばりましょう」
「ええ」
――――――――――
日が暮れて、街に夜の帳が降りた。
防犯のため、夜になると、寮の周囲には灯りがつく。
その下で、セルアが長い棒を振る。
額から流れる汗を散らしつつ、鋭く、速く振る。
「セルア、それくらいにしておいたら?」
鍛錬に励むセルアに、そんな声がかけられた。
すぐ近くにセリスの姿が。
鍛錬に集中するあまり、気づくことはできなかった。
これではいけないと、セルアは苦い顔に。
そんな彼の気持ちを双子故にすぐに察したセリスは、苦笑しつつ言う。
「落ち着かないのはわかるけど、無理をしても仕方ないわ。今は、体を休めることを優先させるべきよ」
「そうだね。それはわかっているんだけど……」
「こら」
「あいたっ」
デコピンをされたセルアは、思わずという様子で額を押さえる。
「無理はしないこと」
「でも……」
「私たちの目的は?」
「……グラスハイム家の支配からの脱却」
「なら、明日は絶対に勝たないとダメ。だから、今は体を休めるべきよ。落ち着かないとしても、我慢しなさい」
「そうだね……うーん。これじゃあ、どっちが兄かわからないね」
「双子なのだから、それほど差はないわよ。どっちが上なんてことはないわ」
「それもそうだね」
セルアは小さく笑い、セリスも小さく笑うのだった。
――――――――――
「ふふっ」
ミリフェリアは、自室のベッドに仰向けになり、天井を見上げていた。
その身にまとう衣服はない。
寝る時は束縛されたくないと、いつも服を脱いで寝ている。
枕を手に取り、胸に抱き寄せる。
「あぁ、アルトさま……ようやく、明日……大会が開催されますね」
恋する乙女らしく、頬を染めつつ、小さな声でつぶやく。
ただ、お世辞にも純情さというものはまるで感じられなくて……
どちらかというと、狂気の類を感じさせた。
「明日から開催される大会で、ようやく、私たちは結ばれることができます。竜の王女というまがい物ではなくて、本物の恋人である私が……ふふっ、うふふ」
薄暗い部屋で、全裸の少女が小さく笑う。
ともすればホラーのような光景だ。
しかし、ミリフェリアはそんなことは気にしない。
考えることは、ただ一つ。
アルトのことだけだ。
「アルトさま……お慕いしていますわ」
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