196話 フェノグラム家の事情
「ところで……繰り返しになるんだけど、アルトはデートなんだよね?」
「はい、そうです」
「……ここに?」
セルア先輩は怪訝そうな顔に。
それもそのはずだ。
デートで武具店を選ぶなんて話、聞いたことがない。
いや。
俺はそういう方面に疎いため、もしかしたら、そういう話も……
あるわけないか。
俺は、改めて自分の恋愛の疎さ……というか、そういう方面の知識がないことを恥じた。
俺一人が満足すればいいという話ではない。
ユスティーナは優しいから、どこでもにこにこと笑ってくれるだろうが……
どうせなら、その笑顔を一段上のものにしてあげたいと思う。
というか、もしも告白が成功したのならば、本当のデートの回数が増えるはずだ。
その度に、武具店に足を運んでなんていられない。
デートをする場合、どのようなコースが女の子に好まれるのだろうか?
そういうことを、きちんと調べておかないといけないな。
「アルト?」
「ああ、いえ。なんでもありません」
突然、考え込んでしまった俺を見て、セルア先輩は不思議そうな顔に。
ごまかすために、こちらから話題を振る。
「セルア先輩は、アルバイトなんてしていたんですね。なにか欲しいものでも?」
戦闘経験だけが全てではないということで、アルバイトは禁止されていない。
むしろ、推奨されているほどだ。
ただ、社会経験を積むためにアルバイトをする生徒なんてほとんどいない。
基本は、なにかしら欲しいものがあり、学院から支給される小遣いでは買えないためにアルバイトをする、というのが実情だ。
「うーん、僕は特に欲しいものはないんだよね」
セルア先輩は、どこか困った顔でそう言う。
「そうなんですか? なら、社会経験を?」
「そんな崇高な目的もないよ。単純に、お金が欲しいから」
欲しい物はない。
社会経験を積むためでもない。
ならば、セルア先輩はなぜアルバイトをしているのだろう?
気になるものの、気軽に聞いていいことかわからないため、次の言葉に迷う。
そんな俺を見て、セルア先輩は気軽に笑いながら言う。
「えっと……うん。アルトなら、いいかな」
「なにか事情が?」
「まあ、大した事情じゃないんだけどね」
そう前置きしてから、セルア先輩は、アルバイトをする理由を説明してくれた。
セルア先輩は、実は貴族らしい。
フェノグラム家という、歴史のある家だ。
外交力に優れているわけではなくて、政治力に長けているわけでもない。
強い軍事力を持つこともない。
貴族といっても大きな力を持つわけではないらしい。
そんなフェノグラム家は、とある貴族に仕える家だという。
その貴族は……グラスハイム家。
五大貴族の一つだという。
フェノグラム家は、代々、グラスハイム家に仕えてきたという。
その恩恵として、小さいながらも貴族になることができたという。
そのような家はたくさんあるらしく、フェノグラム家もそのうちの一つらしい。
「……ん?」
「どうしたんだい?」
そこまで説明を聞いたところで、ふと、既視感を覚えた。
グラスハイム家……
最近、どこで聞いたような気がする?
すごく最近のはずなのに、色々と慌ただしかったせいか、覚えていない。
「それでそれで、セルアはどうしてアルバイトをしているの?」
「あうあうっ」
話の続きが気になったらしく、ユスティーナが続きを催促した。
ノルンも、早く話して、と言うようにセルア先輩の服をくいくいと引っ張る。
「実は、家を出ようと思っているんだ」
「家を?」
ユスティーナとノルンは、その言葉の重さが理解できないらしく、ただ目を丸くするだけ。
ただ、俺は大きく驚いてしまう。
「えっ、それは本当ですか?」
小さいながらも、貴族が家を捨てるなんていうことは、普通に考えてありえない。
それまで積み重ねてきたものを、自分の代で捨てるということだ。
貴族として生まれたのなら、そのようなこと、誇りが許すわけがないし……
また、周囲の人も許さないだろう。
そもそもの話、家を出るなんて考え至ることはない。
大きい家であろうが小さい家であろうが、貴族というものは、己の持つ家の歴史に誇りを持つものだ。
そのように教育される。
だから、家を出るなんて発想に至ることは、まずない。
それなのに家を出るなんて、いったいどうして……?
家を出なければ命が脅かされてしまうような、それほどまでに深刻な事情があるのだろうか?
ついつい心配そうな顔になるのだけど、それを見たセルア先輩が苦笑しつつ、手を横に振る。
「アルトは、考えていることがわかりやすいね」
「そう、ですか?」
「家を出ないと死んでしまう事情があるのでは? って考えているんじゃないかな」
「うっ」
まさにその通りなので、ついついうめいてしまう。
俺は、そんなにわかりやすいのだろうか?
ユスティーナとノルンを見る
「アルトはわかりやすいよね。でも、そういうところが好き」
「あうあうっ」
二人揃って、こくこくと頷くのだった。
地味にショックだった。
「あはは」
「笑い事じゃないですよ……」
「ごめんね、おもしろいから、つい」
「えっと……それで、どういうことなんですか?」
羞恥をごまかすと同時に、話を元に戻す。
「家を出るのに、本当に大した事情はないんだ」
「と、いうと?」
「このまま家に残れば、僕は……あるいはセリスが家を継ぐことになる。もう一人はサポートをしつつ、念の為に跡継ぎを残すため、お見合いをする、っていうところかな? でも、それはひどく窮屈だと思ったんだ」
「窮屈……ですか」
「自分で道を選ぶことができなくて、やることが定められている。それはイヤだな、って思って……だから、家を出ることにしたんだ。このアルバイトは、その時のための備え」
「なるほど」
わからない話ではなかった。
貴族というものは、家のために動くことが当たり前となっていて、その他のことはできない。
家の仕事をしつつ、他所で商売をするなどは可能かもしれないが……
やはり家がメインとなり、商売を本筋とすることは、限りなく難しいだろう。
つまり、セルア先輩は他に夢を持っている、ということだ。
そんな先輩のことは、とてもかっこいいと思った。
「でも……」
ふと、セルア先輩は空虚な目になる。
「それはあくまでも理想っていうだけで、そうすることは絶対にできないんだけどね」
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
ブクマやポイントをしていただけると、とても励みになります。
よろしくおねがいします!