194話 謎の先輩
「えっと……俺のことを?」
「はい、もちろん、存じていますわ。アルトさまは、今やこの学院の……いいえ。この国の英雄。知らないわけがありません」
英雄と言われることに慣れておらず、居心地の悪さに似たような感覚を覚える。
ただ、その言葉は、基本的に俺を認めてくれた上での発言だ。
それを否定しようとしてはならない。
くすぐったいとは思うものの、しっかりと受け止めなければ、と思うのだけど……
なぜだろうか?
この人の場合、称賛以外の感情が混じっているような気がして、素直に受け止めることができない。
悪意は感じないのだけど……
ただ、それに近い歪んだ感情があるような?
「えっと……」
よくよく見てみると、彼女の胸元のリボンは緑だ。
リボンの色で学年を示している。
緑は三年の最上級生。
この人、先輩だったのか。
なぜかわからないが、ふと、セルア先輩とセリス先輩のことを思い出した。
「グラスハイム先輩は、俺になにか用が?」
「そのように、距離を感じる呼び名はやめてください。どうぞ、ミリフェリアと」
「えっと……ミリフェリア先輩?」
「本当は先輩もとってほしいのですが……ふふっ、それはまたの機会にいたしましょう」
ミリフェリア先輩が笑う。
とても綺麗な人だと思うのだが……なぜだろう?
見惚れるよりも先に、警戒心が湧いてくる。
「ねえ、アルト」
「あうー」
俺の両手を掴むユスティーナとノルンが、早く早くと急かすように、腕を引っ張る。
特に、ユスティーナの目は厳しい。
また女の人?
と問い詰めるような感じで、ジトーっとしたものになっている。
いや、違う。
それは勘違いというか、深読みしすぎだ。
俺が好きなのは、ユスティーナ、キミなんだ。
……と、言えたらどれほど楽なことか。
「俺になにか用でしょうか?」
無視して立ち去るわけにもいかないので、ひとまず、そう尋ねた。
「いえ、特に用というほどでは。あのアルトさまをお見かけしたので、軽くではありますが、挨拶をしておきたいと思いまして」
「はぁ、そうですか……」
あの、とか言われてもピンと来ない。
「すみません。お邪魔でしたでしょうか?」
「あ、いや」
「アールートー」
つい反射的にそんなことはありません、と言おうとしたら、ぎゅっと腕をつねられた。
ユスティーナがものすごい顔をして睨んでいる。
「すみません。これから、遊びに行くので」
「あら、そうでしたか」
ちらりと、ミリフェリア先輩がユスティーナとノルンを見た。
そして、氷のように冷たい目をする。
「ふふっ」
しかし、それは見間違いだったのか……
ミリフェリア先輩は、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「今度、ゆっくりとお話しましょうね」
「え? それは……」
「では、また」
ミリフェリア先輩は優雅に一礼すると、踵を返して歩き出した。
その背中はすぐに見えなくなる。
「なんだったんだ?」
訳がわからない。
わからないのだけど……
どこかイヤな予感がして、俺は自然と拳を握りしめていた。
「アルト!」
「あう!」
「うわっ」
突然、左右からぐいぐいと引っ張られて、我に返る。
「今の人はダメだからねっ!」
「えっと……え? いや、なんの話だ?」
「アルトがボクを選んでくれなくて、他の人を選んじゃう、ってことも、その、うん……一応、覚悟しているよ?」
覚悟していると言う割には、すでに涙目だった。
「それが、ジニーでもアレクシアでもククルでもノルンでも、いいよ。ボクは、笑顔で祝福して、して……あげ、る……ぐすん」
泣いていた!?
「でもでも、今の人はダメ! 絶対に祝福してあげないし、そもそも、絶対にくっつかないように邪魔するからね!」
「ミリフェリア先輩とは出会ったばかりで、そんな話になるわけがないんだが……ただ、どうして彼女はダメなんだ?」
「イヤな感じがしたの」
「あうー!」
ユスティーナと同意見と言うように、ノルンも頷いた。
二人共、親猫が子猫を守るような顔をして、ミリフェリア先輩が立ち去った方を睨みつけている。
「イヤな感じというと?」
「それは……うまく言葉にできないんだけど、でもでも、すごくイヤな感じがしたの。あのバカ貴族、えっと、なんていったっけ……?」
「セドリックのことか?」
「そう! ソイツと同じような、性格が腐っている感じがしたの」
神竜であるユスティーナがそう言うのなら、無視することはできない。
ノルンも同じ反応を示しているし、ミリフェリア先輩を悪人と断定することはできないが……しかし、油断のならない人として気をつける必要がありそうだ。
ただ……
二人の勘を疑うわけじゃないが、悪意は感じなかった。
こう言うと情けない話ではあるが、いじめられていたために、俺は悪意に対しては敏感だ。
どれだけ笑顔で取り繕っていても、その裏にある黒い感情を察知することができる。
ミリフェリア先輩には、その悪意がまるで感じられなかった。
まあ、俺の勘も完璧というわけじゃない。
例えば、先の事件のホークさんの場合。
彼は裏切り者ではあったが、家族のためにククルに刃を向けたという。
そういう事情がある場合は、感知することは難しい。
ミリフェリア先輩の場合も、なにかしら事情があるのか。
あるいは、俺たちが疑いすぎているだけで、真っ白なのか。
今はまだ、出会ったばかりだからなんともいえないが……
ユスティーナが言うように、注意しておいた方がいいだろうな。
「わかった。注意しておく」
「うん、そうしてね」
ミリフェリア・グラスハイム……一体、何者で、どんな目的を持っているのだろうか?
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