192話 ミリフェリアの独善
自分の部屋に戻ったミリフェリアは、制服を脱いだ。
そのまま下着も脱いでしまい、裸に。
その状態でソファー代わりのベッドに座り、体をくつろげる。
冷やしておいたジュースを飲み、チョコをつまむ。
チョコが体温で溶けて、指先を汚す。
それを見たミリフェリアは、ぺろりと舌で舐め取る。
同居人が見れば、はしたない、と咎めていたかもしれない。
しかし、そんな事態に陥ることはない。
この部屋は、ミリフェリア一人で使用しているからだ。
寮の部屋は二人で使用することが基本となっているが、時に例外が発生する。
人数の関係で一人部屋になることもあれば、その他、やむを得ない事情で一人部屋になることもある。
ミリフェリアの場合は後者だ。
ルームメイトが、突然の家庭の事情で学院を去ることになり、そのままミリフェリアが一人で部屋を使うことになった。
ルームメイトの家庭の事情というのは、実家が営む宿が経営危機に陥ったため、少しでも力になるために帰省するというものだ。
健気なルームメイトを、ミリフェリアは涙すら浮かべて送り出した。
しかし。
そもそもの話、経営危機に陥ったのは、近くに別の宿ができたからだ。
そして、その宿を作るように指示したのは、他でもないミリフェリア。
実家がピンチになれば、家族思いのルームメイトは故郷に帰るだろう。
そうすれば、部屋を一人で使うことができる。
ただ、それだけの理由で、ミリフェリアはルームメイトを追い出した。
一人で部屋を使いたいという理由で、ルームメイトの人生を壊した。
つまり……ミリフェリア・グラスハイムは、そういう人間なのだ。
「ふふっ」
ミリフェリアは、なにも身につけていない体で、ベッドに横になる。
仰向けになり、手足を軽く広げる。
涼しい。
それに快適だ。
服を着ないでいると、妙な開放感がある。
「あぁ、やはり一人で部屋を使えるというのは、とても素敵ですね。家事など、一人でしなければならないのは面倒といえますが……でも、全て自由にできるというのは、やはり魅力的。ふふっ、わたくしのために部屋を出ていった彼女に、感謝しないと」
ミリフェリアの中では、ルームメイトは部屋を譲るために出ていった、ということになっていた。
実際は、ミリフェリアが追い出したも同然であり……
また、そのように指示を出したのもミリフェリアだ。
しかし、彼女はそんなことは、もう覚えていない。
ルームメイトは、自分のために身を退いてくれたのだと、そう解釈している。
ようするに……
ミリフェリアは、なんでもかんでも自分の都合のいいように解釈してしまうのだった。
そこに悪意はない。
本気で、心の底から、幸運が舞い込んできたのだと思っている。
そう勘違いしている。
無自覚の悪意。
自分は悪いことをしていると思うことはなくて……
それでいて、己が望むまま、悪意を撒き散らして周囲の人を巻き込んでいく。
まるで天災だ。
厄介極まりない女の子は、己の罪に気がつくことはなく、今日も自由気ままに、身勝手に振る舞い続ける。
「セルアもセリスも、がんばってくれているみたいね。私のために訓練をしているなんて、なんて立派な従者なのでしょう」
実際にはそんなことはない。
セルアとセリスは、己のために訓練しているのであって、ミリフェリアのことは欠片も考えていない。
それは態度の端にも出ているのだけど、ミリフェリアが気づくことはない。
全て、自分の都合の良いように解釈してしまう。
「今度の大会、がんばらないといけませんね」
ベッドに寝たまま、ミリフェリアは手を上に伸ばす。
なにかを求めるているかのようだ。
やがて、その顔は恍惚としたものになる。
瞳を潤ませて、頬を染めて……
妖しげな吐息と共に、小さな声でつぶやく。
「あぁ……アルト・エステニアさま」
アルトの名前を口にするミリフェリアは、恋する乙女の顔をしていた。
ただ、一途に想うだけではなくて……
甘い瞳の奥に、わずかながらの狂気も含まれていた。
「わたくしの心を、一瞬で奪い去った、とても愛しい方……あなたは今、なにをしていらっしゃるのですか?」
もちろん、答えが返ってくることはない。
それでも、ミリフェリアは問いかけを続ける。
「あなたの近くには、たくさんの女性がいますね。しかし、あなたにふさわしい方はいません。イシュゼルド家の令嬢も、異国の騎士も……そして、竜の王女も。全て、あなたにはふさわしくありません」
上に伸ばしていた手を戻して、そっと、己の胸に当てる。
「そう……あなたにふさわしいのは、このわたくし。ミリフェリア・グラスハイムだけなのです」
己に酔っているような感じで、ミリフェリアは愛の言葉を紡ぐ。
本人に届いていないとしても、語り続ける。
夢はいつか叶う。
努力は絶対に報われる。
そんな無邪気な子供のように、アルトを想い、瞳をキラキラと輝かせていた。
実のところ……
ミリフェリアは、アルトと顔を合わせたことがない。
言葉を交わしたことすらない。
ただただ、遠くから眺めているだけだ。
それは、一方的な好意。
ストーカーとも言う。
しかし、ミリフェリアが自分がそんな存在に陥っているなんて、自覚していない。
仮に他人から指摘されたとしても、絶対に認めないだろう。
「アルトさま……わたくしとあなたは、結ばれる運命にあるのです。今まではタイミングが悪く、機会を逃していましたが……でも、それはもう終わり。今度の大会で、わたくしたちは結ばれるのです。皆に祝福されながら、永遠の誓いを交わすのです」
ミリフェリアが笑う。
その笑い声は、しばらくの間、ひっそりと静かに続くのだった。
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