191話 フェノグラム家とグラスハイム家
「今日は楽しかったね」
「そうね」
帰り道。
セルアとセリスは並んで歩き、共に笑顔を浮かべていた。
思い返すのは、公園で出会った後輩のこと。
強い力を持つだけではなくて、とてもまっすぐな性格をしていた。
やや不器用な感は見受けられたが、そこを含めて好ましいと思う。
良い出会いをすることができて、兄妹は満足していた。
しかし、その笑顔は長続きしない。
寮に戻り、部屋に近づくにつれて笑顔が消えて、代わりに冷たく無機質な表情に変わる。
普通の学生にとって、寮は家のようなものであり、くつろぎ安らぐことができる場所だ。
ただ、この兄妹にとって、それが適用されることはない。
寮にいても気が休まることはないし、むしろ、常にピリピリと神経を張り巡らせていなければいけない。
落ち着くことなんてできない。
寝ている時でさえも、安らぐことなんてできない。
その原因は……
「あら、遅かったのね」
部屋に戻ると、すでに先客がいた。
ソファーに座り、優雅に紅茶を飲んでいる。
時折、テーブルに上に置かれたお菓子をつまんでいた。
しかし、彼女はこの部屋の主ではない。
この部屋は、セルアとセリスのものだ。
許可なく入室することは禁止されているし、そのルールを破れば罰則が適用される。
ただ、彼女にはその規則の範囲外だ。
「おかえりなさい、セルア、セリス」
「……はい、ただいま戻りました」
「ミリフェリアさまを待たせてしまい、申しわけありません」
勝手に部屋に入られたことを咎めるわけではなくて、逆に、セルアとセリスは歓迎するかのように頭を下げてみせた。
ただ、それが二人の本意でないことは、密かに強く握られている拳からわかる。
ミリフェリアと呼ばれた女は、変わらずに紅茶を飲んでいた。
その姿は、とても様になっている。
歳は、セルアとセリスよりも、さらに一つ上。
竜騎士学院の最上級生だ。
ルビーのように輝く赤い髪は、わずかにウェーブがかかっている。
毎日、自分で準備しているわけではなくて、ただのくせっ毛だ。
ただ、それが良い方向に作用していて、彼女の魅力を引き立てている。
同年代と比べると背は高いものの、体は細い。
ちゃんとものを食べているのか心配になるほど。
竜騎士学院では、ダイエットなどは禁止されている。
しっかりと食事をとり、しっかりと体型を維持することで、健康で強い肉体が作られるからだ。
ただ、彼女はそんなことは知ったものかと、己がもっとも美しいであろう体型を保つことだけを考えている。
そんな彼女の名前は、ミリフェリア・グラスハイム。
王に次ぐ権力を持つと言われている、五大貴族の一つ、グラスハイム家の次女だ。
「入り口でぼーっとしていないで、あなたたちも座ったら? 一緒に紅茶を飲みましょう」
「はい」
「いただきます」
二人は言われるまま、ソファーの対面に座る。
ミリフェリアの隣に座らないのは、単なる意地だ。
お前の隣なんて絶対にごめんだ、という意思なのだけど、伝っているかどうかは限りなく怪しい。
セルアは3人分の紅茶を新しく用意した。
ミリフェリアの分も含めている。
「今日は、どちらへ?」
「妹と一緒に、外で訓練をしていました」
「あら、外で? 学院の訓練場は使わなかったのですか?」
「大会が近いためか、混んでいるので……」
「あぁ、なるほど。そういうことですか」
ミリフェリアはにっこりと笑う。
「二人共、とても熱心なのですね。わたくし、感心したわ」
「いえ、そんなことは」
「謙遜しなくてよいのですよ。あなたたちの努力家なところは、わたくしはとても好ましく思っていますので」
丁寧な言葉で、そう言い、
「……私は、あなたの独善的なところが大嫌いよ」
ぼそっと、セルアにだけ聞こえる声量で、セリスが小さくつぶやいた。
今の、聞こえていないだろうか?
セルアは、あたふたと慌てる。
ミリフェリアは変わらずに、のんびりと紅茶を飲んでいる。
聞こえなかったのだろう。
セルアは安堵して、小さな吐息をこぼす。
「ところで、ミリフェリアさまは、どうしてこちらへ?」
セルアが問いかけると、ミリフェリアは当然のように言う。
「決まっているじゃない。愛しい従者の姿が見えないから、気になって探していたの。でも、見つからなかったから、ここで待つことにしたのです」
「そう、ですか」
従者という単語に反応して、セルアが苦い顔をした。
セリスの表情は変わらないが、心はセルアと同じだ。
フェノグラム家は、代々、グラスハイム家に仕えてきた。
セルアとセリスも、いずれ、グラスハイム家に仕える予定だ。
主人となるのは、目の前の女の子……ミリフェリア・グラスハイム。
一見すると、彼女は穏やかで優しく見える。
学院の成績も優秀で、アストハイム家の長男のように、他者を意味なく差別したり攻撃するようなことはない。
ただ、そんなものが生易しく思えるほど、どうしようもない欠点を抱えているのだ。
「なにか話があるのですか?」
「ええ。わたくしも、大会に出場しようとかと思いまして」
「ミリフェリアさまが?」
「それは、戦術武闘大会のことで間違いありませんか?」
「もちろん」
セルアとセリスは、なぜ? と思う。
ミリフェリアは活動的な性格ではなくて、体を動かすことを好まない。
竜騎士学院に通いながらも、戦闘を野蛮と言い、最低限の訓練以外はしていない。
貴族でありながら、竜騎士になれるほどの実力を持つ。
そんなステータスが欲しいために、竜騎士学院に入学しただけで、他に目的も意味もない。
全ては、己を輝かせるために。
そんな彼女が、わざわざ泥臭い大会に出場するなんて思えない。
なにを考えているのだろう? と双子は困惑した。
「どうして、大会に?」
「んー……まあ、わたくしも色々とあるの。説明すると長くなりそうだから、その辺りはまた今度ね。それよりも」
ミリフェリアは、にっこりと笑いながら二人を見る。
「わたくしは優勝をしたいの。優勝することで、とある方に振り向いてもらいたいの。あら、優勝はしなくてもいいですね? まあ、ともかく……もちろん、協力してくれますね?」
自分と戦うことになれば、負けろ。
自分が確実に勝利するように、策を練れ。
もちろん、手段にこだわるな。
ミリフェリアの笑みには、そんな圧が込められていた。
長年、従者として務めてきた二人には、彼女の望むものをすぐに理解した。
理解して……いつまで彼女に付き合わなければいけないのかと、暗澹とした思いになるのだった。
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