19話 変わらないもの
数日後。
いつものようにユスティーナと一緒に登校して、教室に移動する。
「おはよう」
「あっ……お、おはよう。エステニア君」
「えっと……今日はいい朝だね」
挨拶をすると、ややぎこちないながらもクラスメイトが挨拶を返してくれた。
今までは露骨に無視されていたのだけど……
そんなことはない。
普通に対応してくれている。
なんていうか、とても新鮮な気分だった。
ただ挨拶をしただけなのに、とても晴れやかな気分だ。
「アルト、うれしそうだね」
「わかるのか?」
「そりゃあ、大好きな人のことだもん」
ユスティーナもいつもの調子だ。
「アルトの周りの環境が改善されたみたいで、ボクもうれしいよ」
「ユスティーナのおかげだよ、ありがとう」
「ボクはなにもしていないよ。全部、アルトが自分の力で道を切り開いたの。そんな主を持つことができて、ボクはうれしいし、誇らしいな」
俺とユスティーナは、まだ正式なパートナーとして登録はしていないのだけど……
気が早い。
ユスティーナの中では、俺の騎竜になるという選択はほぼほぼ決定しているらしい。
「よっ、アルト!」
「おわっ」
どんっ、と力強く背中を叩かれた。
振り返るとグランとジニーの姿が。
「ちょっと兄さん。いきなり、なんて挨拶をしているのよ。アルト君が困っているでしょ」
「そんなことねえよな。男なら、これくらいの挨拶は普通だろ。なあ、アルト?」
「いや……いきなり背中を叩くのはやめてほしいぞ。驚く」
「げっ、アルトに裏切られた」
「まったく……アルト君、ごめんなさい。バカな兄で」
ジニーはクラスメイトで、グランの双子の妹だ。
熊のようなグランの双子の妹なのだけど、その容姿はまるで別物だ。
グランに似ているところはほとんどない。
双子でありながら母親似なのか、とても綺麗な女の子だ。
凛とした表情に目が惹かれてしまう。
意思の強そうな瞳だけは、グランに似ているだろうか?
グランと同じ金髪で、長い髪はリボンで束ねていた。
女の子らしい趣味で、素直にかわいいと思う。
体の凹凸はハッキリしていて、出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる。
ユスティーナが、ちょっとうらやましそうにジニーの体を見つめていた。
「おはよう、ジニー」
「おはよう、アルト君。それと、エルトセルクさんもおはよう」
「うん、おはよう」
先日の一件を経て……
グランは友達になり、その妹であるジニーとも仲良くなることができた。
ジニーもグランと同じように頭を下げてきたのだけど……
特に気にすることなく、その件は終わりにした。
やり返すよりは、一緒に笑った方が気持ちいいからな。
最初は二人を疎ましく思っていたユスティーナだけど……
一緒に過ごすうちに、彼らのまっすぐな性格を好ましく思い、刺々しい態度をとるのをやめるようになった。
それどころか気が合ったらしく、特にジニーと打ち解けていた。
考えてみれば、ユスティーナにとって、ジニーは初めての同性の友達になるのだろうか?
俺だけに構うのじゃなくて……
もっと色々な人と交流を持ってほしいと思う。
「それにしても、グランとジニーは兄妹なんだよね?」
ふと、ユスティーナがそんな質問をした。
「ああ、そうだぜ」
「残念ながらね」
「おい、どういう意味だ」
「そのままよ。ほほほ」
グランに睨まれるものの、ジニーはまるで気にしていない様子で笑ってみせた。
なかなかに度胸がある。
「うーん、似てないね」
「「こんなのと似てるなんて勘弁」」
「あはは、息はぴったりだね」
「「むぅ」」
グランとジニーは、揃って不満そうな顔をした。
似ているという感想は、二人にとっては不名誉らしい。
もっとも、仲が悪いわけではない。
なんだかんだ言いつつも、相手に対する信頼が見え隠れしていて……
いい兄妹だと思う。
「いいなあ」
グランとジニーを見ながら、ユスティーナがうらやましそうに言う。
気になり、尋ねてみる。
「グランとジニーのどこがうらやましいんだ?」
「仲が良いところ」
「あたしは兄さんなんかと仲が良いつもりはないんだけど……」
「ボク、知ってるよ。ジニーは素直になれない、ツンデレっていうやつだね」
「誰がツンデレよ!」
「でも、グランとは、なんだかんだで仲がいいよね。一緒にいることが多いし……なんていうか、こう、対等な関係って感じ? 理想的な兄妹だと思うな」
そんなことを口にするユスティーナは、憧れのような感情があった。
「ユスティーナは兄か姉が欲しいのか?」
「ん? そういうわけじゃないよ。お姉ちゃんならいるし」
「えっ、そうなのか?」
「うん。上に一人、お姉ちゃんがいるよ」
意外な事実だった。
思えば、ユスティーナの家族のこと……というか、個人情報をほとんど知らないな。
実は竜であり、神竜バハムート。
竜の王女のような立場。
知っているのはそれくらいだ。
現状に甘えていないで、彼女のことを知る努力をした方がいいかもしれない。
「ボクのところはびみょーな関係だから、グランとジニーがうらやましいよ」
「仲が悪いのか?」
「ううん。仲は良い方だと思うよ。ただ……お姉ちゃんには、ちょっとした問題があるんだ」
その問題はどういうものなのか?
気になるのだけど、ユスティーナがあまりに憂鬱な顔をするものだから、ついついタイミングを逃してしまう。
そうこうしているうちに教師がやってきて、一限目の授業が始まってしまうのだった。
――――――――――
セドリック・アストハイムは学院を退学した。
セドリックはアルトをいじめていた主犯格であり、一番の元凶と言える。
これにより、一見すると、アルトは穏やかな生活を取り戻したように見えた。
いじめの主犯格が消えて……
クラスメイトと和解をすることもできた。
しかし、まだ終わりではない。
クラスメイトたちはセドリックに逆らうことができず、だからといって積極的にいじめに関わることもできず、見て見ぬ振りをしていた。
罪悪感を覚えていた。
そんなクラスメイトたちとならば、和解もできるだろう。
ただ、そうではない連中がいる。
セドリックのいじめに積極的に加担して、楽しんでいた者がいる。
その者たちからしてみれば、現状はおもしろくない。
遊ぶおもちゃが一つ、減ってしまったのだ。
ストレス発散の方法が消えてしまったのだ。
そんな身勝手極まりない考えをしている生徒がいた。
ジャス・ラクスティン。
クラスは違うが、セドリックの取り巻き連中の一人だ。
五大貴族ほどではないが、彼の実家はそれなりの権力を持つ。
その権力を盾に、セドリックと同じように、好き放題してきた。
アルトに対しても、好き放題してきた。
しかし、今はそれができない。
ユスティーナが登場したことで、一瞬で学院のパワーバランスが崩れてしまった。
セドリックは退場させられた。
見て見ぬ振りをしていた教師たちも、ユスティーナの味方をするようになった。
「まったく……おもしろくありませんね」
ジャスは、一人、自分の部屋で苛立たしげにそうつぶやいた。
ユスティーナを敵に回すことは破滅を意味する。
それは、セドリックが辿った結末を見て十分に理解した。
しかし、アルトというおもちゃを手放したくない。
もっともっと好き放題にいじめて、ストレス発散の道具として役に立ってもらいたい。
「さてと……どうしましょうか?」
「あなたの好きなようにされるのがいいかと」
突如、見知らぬ第三者の声が響いた。
「誰ですか!?」
気がつけば、黒いローブを着た者が部屋にいた。
いつからいたのか、まったくわからない。
「失礼しました。驚かせてしまったみたいですね」
ローブの者は、もうしわけなさそうに頭を下げた。
男なのか女なのか、わからない声をしていた。
「貴様、何者だ? この私の部屋に立ち入るとは、覚悟はできているのでしょうね?」
「私の正体は明かすことはできないが、貴方様の味方である、ということは明言させていただこう」
「私の味方……?」
「アルト・エステニア。そして、ユスティーナ・エルトセルク。この両名に、あなたは今、頭を悩ませている状況だな?」
「……」
「私ならば、貴方様が望む最善の状況を用意できるだろう。貴方様は賢いお方だ。私の話を耳にしていただけると、そう確信している」
「……いいだろう」
ローブの者が誰なのか、ジャスはわからない。
見当もつかない。
しかし、己の欲を満たすことができるのならば。
うまい具合に使えるのならば。
話を聞いてもいいだろう……そう判断した。
全ては、己の欲を満たすために。
「聞かせてもらいますよ、キミの言う、私を満たしてくれるという話を」
「仰せのままに」
アルトのクラスメイトのように、人は変わる。
しかし、ジャスのように変わらない者もいるのだった。
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