184話 つまらないけど必要な意地
その後、真面目に授業を受けた。
そして放課後。
「今日はありがとう。二人が来てくれて助かる」
場所は、学院の訓練場。
そこにグランとテオドールの姿があった。
俺の呼びかけに応じてくれて、みんなには内緒で集まってくれたのだ。
「訓練するんだろ? 俺も、最近はちょっと鈍ってたからちょうどいいさ」
「ただ、どうしてエルトセルク嬢には内緒なんだい? というか、自分で言うのもなんだけど、僕たちよりもエルトセルク嬢に付き合ってもらった方が、よりよい訓練ができると思うのだが」
「それについては事情があるというか……今回、ユスティーナはライバルになるからな。それなのに、訓練に付き合ってほしいなんて言えないさ」
「うん? それはどういうことだい?」
「つまり……」
戦術武闘大会に出場する予定であること。
それに、ユスティーナも参加すること。
その二点を説明した。
「なるほど。ライバルになるとしたら、手の内を明かすようなことはできねえか」
「ふむ……?」
グランは納得してくれたものの、テオドールは未だ怪訝そうにしていた。
思考が消化不良を起こしている様子で、その部分を解消すべく、言葉を投げかけてくる。
「キミの事情、目的は理解したが……そうだとしても、エルトセルク嬢なら喜んで手伝ってくれるのではないか? 気にすることはないと思うが……いや。訓練に付き合うことが不満というわけじゃないさ。ただ、アルトはなにかを隠しているような気がしてね」
鋭い。
テオドールって、抜けているようで見るべきところはしっかりと見ているんだよな。
さて、どうするか?
協力してもらうからには、素直に本当のことを話すべきなのだろう。
それが筋だ。
ただ、そうなるとユスティーナに対する想いも打ち明けることになり……
どうしたものか、迷ってしまう。
「アルト? どうした?」
「いや、なんていうか……」
「まあ、テオドールの言うことは気になるっちゃ気になるが……別に、無理して話さなくてもいいぞ? 話しづらいことの一つや二つ、誰でもあるだろうからな」
「そうだね。催促するような真似をしてすまない。難しい話ならば、無理をすることはないさ。僕らでよければ、手伝おう。もちろん、事情は聞かない」
二人の優しい言葉に、俺はハッと我に返る。
こんなにも気遣ってくれているというのに、俺は自分のことだけを考えていた。
恥ずかしい思いをしたくないと、そんなつまらない理由で口を閉ざしていた。
そうじゃないだろう。
こういう時に本当のことを打ち明けることができず、どうして友達なんて言えるだろうか。
ものすごく重い話ならばともかく、ただの恋愛話なのだ。
それくらいを打ち明けることができないのなら、信用していないということになる。
「すまない。俺が間違っていた」
「ん? どうしたんだ、急に?」
「ちゃんと事情を話す。その上で、二人に協力してほしい」
「ふむ? 無理をしていないかい?」
「さっきも言ったが、話しづらいなら黙っててもいいぞ?」
「いや、そこまでの複雑な話じゃない。ただ……俺が恥ずかしいという、それだけの理由なんだ」
「「恥ずかしい?」」
「実は……」
キョトンとする二人に、俺はユスティーナに関することを打ち明けた。
二人の反応は……
「「……」」
まずは目を大きくして驚いて、
「「へへっ」」
ニヤニヤとした意地の悪い笑みを浮かべて、
「「やっとか」」
やけに感慨深そうに、親のような温かい目をして言うのだった。
「その目はやめてくれ……」
「だってなあ? あのアルトが、ようやく気持ちを自覚したとか、お祝いもんじゃねえか」
「うむ、グランの言う通りだね。どうだろう? 今夜は大々的に、祝賀会でも開こうか」
「おっ、それいいな。鈍感アルトの恋心自覚パーティー……語呂が悪いな。っていうか、エルトセルクさんとくっついたことおめでとうパーティーでもいいか」
まてまてまて。
二人はなにを考えている?
俺をいじめたいのか辱めたいのか、どちらにしても、ろくでもないことだ。
「やめてくれ。というか、今説明しただろう? すぐに告白するつもりはない」
「そこ、俺は気にしなくていいんじゃねーか、って思うんだけどな。二人の気持ちが一致してるなら、なにも問題ねえだろ。っていうか、さらに待たせる方が悪いんじゃないか?」
「ぐっ……」
待たせてしまっているということは、俺が全面的に悪いため、なにも言えない。
「僕は、アルトの気持ちがわかるよ」
意外というべきか、テオドールは賛成してくれた。
「男として、という気持ちは誰にでもあるものだ。つまらない、懐古的と言われても、取り除くことはできない。それが、男というめんどくさい生き物なのだからね」
「でもな……」
「グランも、そういう意地はあるだろう? それを無視して、なあなあにして先に進んでしまえば、心も魂も退廃してしまう。時に、見栄を張ることも重要なのさ」
「まあ……そう言われるとそっか。意地っていうもんは、言葉で説明できないものだからな」
男であるが故に、共感してもらえたみたいだ。
ジニーやアレクシアだったら、ひょっとしたら、責められていたかもしれない。
それはそれで正しいのだけど。
「俺は、ユスティーナの隣に立つ男になりたい。胸を張り、対等な関係のパートナーと言いたい。だからこそ、今度の戦術武闘大会で戦い、勝ちたいんだ」
「なるほどな。アルトらしいっちゃアルトらしいか」
「キミは、どこまでもまっすぐなのだね。だが、そういうところは嫌いではないよ」
「とはいえ、エルトセルクさんに勝つか……とんでもなく高い目標だな」
グランが難しい顔になる。
その気持ちはよくわかる。
ユスティーナと戦うと決めた時、頭の中で、彼女と戦うシミュレートをしてみた。
結果は、10秒と保たずに完敗。
俺は、誰よりもユスティーナの近くにいたという自負がある。
だからこそ、彼女の力をよく知っている。
このシミュレートに間違いはなくて、激突すれば、100パーセントの確率で俺は負けるだろう。
「グランの言う通り、とてつもなく厳しいだろうね。普通に考えて、勝ち目はないと思うが……その辺り、アルトはどう考えているんだい?」
「勝ち目がない、っていうのは俺も同じ考えだ。対策を考えるのなら、なにかしらの絡め手や罠を探るべきなんだろうな」
ユスティーナは、地上最強の生物である竜だ。
しかも、その頂点に立つ、神竜バハムート。
その戦闘力は計り知れない。
ただ、彼女は俺たちと同い年。
経験に関して言うならば、俺たちと同じレベルであり、そこに付け入る隙がある。
ユスティーナの予想を上回る策や罠を用意すれば、もしかしたら……という可能性はある。
「罠を考える、って方向がベストだろうな」
「ふむ。彼女はとても純粋だからね。こう言ってはなんだが、わりと簡単に騙されてくれるかもしれない」
「ちと心は痛むが、勝つためだ。色々と考えてみるか」
「待った」
話を進める二人にストップをかける。
「乗り気になっているところ、すまない。自分でそういう話の流れにしておいてなんだけど、俺は、罠を用意するつもりはない」
「「え?」」
「俺は……真正面からぶつかり、ユスティーナに勝ちたいと思う」
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