181話 これからの道はどこに続く?
授業を一限サボり、まるまるとユスティーナのことについて考えたものの、答えは見つからないまま。
このまま考え続けても答えは見つからないような気がしたし……
それに、さすがに二限もサボるわけにはいかない。
まだ頭の中はごちゃごちゃしていたものの、俺は教室に向かう。
「うん?」
「……はぁ」
途中でククルを見かけた。
どこか沈んだ顔をしていて、ため息をこぼしている。
「ククル」
「あっ、アルト殿」
「どうしたんだ、ため息なんてついて。もしかして、まだ悩みが?」
「いえ、そういうわけではありません。その、なんていうか……」
なぜかククルは恥ずかしそうな顔に。
「悩みといえば悩みなのですが、以前のような真面目なものではなくて……ですね? なんといいますか、そのぉ」
「真面目じゃない悩み?」
「えっと……自分がアルモートに来たのは、学びに来たわけではなくて、聖騎士としての役目があったからです」
「そうだな」
アベルという犯罪者を捕まえるため。
リベリオンの情報を得るため。
そのためにアルモートに派遣されたと、以前、ククルは言っていた。
「ただ、アベルを討伐して、被害は出てしまったものの……計画は阻止しました」
「ククルのおかげだよ」
「いえ、そんな! 自分は役に立てたかどうか怪しいですし……そもそも、聖騎士の中から裏切り者が出るという醜態を晒してしまいましたし……もっともっと精進せねばなりません。お恥ずかしい限りです」
「もっと誇ってもいいんじゃないか?」
「え?」
俺の台詞は予想外だったらしく、ククルがキョトンとする。
「ククルは聖騎士として、立派にやり遂げたと思う。例え、他の人がダメと言ったとしても、俺はそんなことは思わない。ククルのことは誇りに思うよ」
「そ、そうでありますが……そう言われると、うれしいであります。特にアルト殿に言われると……うぅ、なぜかドキドキするのであります。おかしいのであります」
「うん?」
「い、いえ。なんでもありませんっ」
ククルは顔を赤くしつつ、動揺した様子で手を横に振る。
なにかしらごまかしている様子ではあるが……無理に暴くようなことはしたくない。
聖騎士とはいえ、ククルも一人の女の子。
隠しておきたいことの一つや二つ、普通にあるだろう。
「えっと……話が逸れました。そのような感じで、自分はもう任務を完了していまして……そうなると、アルモートに留まる理由がありません。事実、他の聖騎士の数人はフィリアに帰国しています」
「あ……」
その言葉で、ククルが帰国してしまうことを知る。
そういえば、ククルは他国の人だ。
いつか帰るのは当たり前のこと。
当たり前なのだけど……
知り合ってから長いし、学院で一緒に過ごすようになってからも長い。
いつしか隣にいるのが当たり前のようになっていて、いつまでも、そんな時間が続くと勘違いしていた。
「ククルは……やっぱり、フィリアに戻るのか?」
「たぶん、そうなると思います。まだ話は聞いていませんが、そうなることが当然の流れかと」
「そうだよな……」
「はい……」
互いに廊下の窓の向こうの空を見る。
最近のアルモートの情勢を表すように、綺麗な青と白が広がっている。
「……できることなら」
窓の向こうを見つつ、ククルがポツリと言う。
「自分は、このままアルモートに残りたいです」
「……ククル……」
「聖騎士としての使命を忘れたわけではありません。この剣は、今もフィリアのためにあります。ただ……」
ククルは自分の胸元に手を当てて、ぎゅっと掴む。
自分でもコントロールできない感情に、心が大きく乱されているようだ。
「できることなら、アルト殿と……みなさんと……もう少し、一緒にいたいと……そんなわがままを考えてしまうのです」
「……それも、いいんじゃないか」
「えっ」
この台詞は肯定されると思っていなかったらしく、ククルが驚いた顔に。
びっくりしてこちらを見てくるのだけど、俺の答えが正しいというわけじゃない。
単なる、一個人の感想で、ククルの処遇をどうこうできるわけじゃない。
それでも。
俺がどう思っているのか、それは伝えておきたいと思った。
「聖騎士の義務はとても重いものだと思うけどさ……それでも、こうしたいああしたい、って思うのは悪いことじゃない。とても当たり前のことで、人間らしいことだと思う」
「そう……でしょうか?」
「そうだと思う。俺も……このままククルと一緒に居られたら、と思うし」
「っ!?」
ククルの顔が再び赤くなる。
照れているのだろうか?
「そ、そそそ、そのようなことを真正面から……うぅ、なぜか再び動悸が……」
「大丈夫か……?」
「だ、大丈夫であります……ふう」
さすが聖騎士というべきか。
すぐに動揺を押さえこんでしまう。
「ありがとうございます、アルト殿」
そう言うククルは、どこかスッキリとした顔をしていた。
悩んでいることを口にして、心のモヤモヤが少しは晴れたらしい。
「アルモートを離れてしまうことは残念でありますが……しかし、アルト殿にそう言っていただいたこと、とてもうれしく思います。ずっと、忘れません」
「一生の別れみたいに言わないでくれ。また会えるだろう?」
「そうでありますね……はい。また会いましょう!」
「ああ、約束だ」
俺とククルは笑顔で握手をする。
お別れの挨拶と、そして、再会の約束だ。
「それでは……自分は、団長のところに行ってきます。なにやら話があるらしいので」
「そうなのか? だとしたら、引き止めて悪かった」
「いえ、急ぎの用件ではないらしいので。それ故に、自分も足を止めて、のんびりと悩んでいましたから」
「のんびりすることは大事だな」
「ですね」
くすりと、小さく笑う。
ククルは一歩、後ろに下がる。
そして、ビシリと敬礼をした。
「ではっ」
「ああ、また」
とてもらしい、凛とした笑顔を見せた後、ククルが立ち……
「ああ、いたいた。ミストレッジさん、探しましたよ」
立ち去ろうとしたところで、見たことのない教師がククルに声をかけた。
「へ? そ、その格好は……」
「どうです? 似合うでしょう?」
「え? いや、あの……」
「ああ、そうそう。それよりも、こちらを。今後について記しておいたので」
「ふぇ? あ、はい」
「すみませんね。私は急用ができてしまいまして、すぐに出なければいけません。ミストレッジさんは、その中に書かれてある通りに。では、これからもがんばってください」
軽やかな調子で手を振り、教師はのんびりと立ち去る。
その様子をククルはぽかんと眺めて……
次いで、ハッと我に返った様子で、手渡された書簡を見る。
すると、その顔がみるみるうちに変わる。
「どうしたんだ……?」
「えっと……実は、今のは変装していた団長なのですが……」
「そ、そうなのか……?」
「新しい命令が届きまして……自分は……このままアルモートに残れ、と」
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