179話 平気だから
「俺は……」
「あっ、そこまででいいわ」
告白に対する返事をしようとするが、途中で止められてしまう。
「今の告白は事故みたいなものだから……返事が欲しいとか、そういうわけじゃないの。むしろ、返事はいらないかな」
「わかりきっていることだし」と、ジニーは寂しそうに、小さな声で付け足す。
「この話は、もう終わりにしましょう」
「それは……でも、いいのか?」
「うん、いいの」
そう言い切るジニーの顔に迷いはない。
心からそう思っているみたいだ。
そんな態度をとられてしまうと、どうしていいか迷う。
告白をされておきながら返事をしないなんて、いいのだろうか?
ただ、ジニーは返事を欲しているわけではなくて……
むしろ、俺の中にある答えに気がついているみたいだ。
「……わかった。終わりにしよう」
「ありがと」
「お礼を言う必要はないだろう。むしろ……いや、なんでもない」
これ以上話を続けると、余計なことを言ってしまいそうだ。
俺は色々なところで疎いから……
もしかしたら、彼女の心を傷つけてしまうかもしれない。
だから、やめておこう。
引き下がり、話を発展させることなく、終わりにしよう。
「じゃあ、俺は教室に戻るよ」
「つきあわせてごめんね」
「……そこは違う言葉が欲しい」
「あ……」
これくらいはいいだろう。
「……ありがとう、アルト君」
「どういたしまして」
軽く微笑み、俺は保健室を後にした。
――――――――――
「……ふぅ」
一人になったジニーは、ベッドの上で膝を立てる。
その膝を両手で抱えるようにして、そこに額をつけた。
「あたし……笑っていられたかな?」
アルトの答えは聞くまでもなくて、すぐに想像することができた。
だから、なんでもないフリをした。
もしも感情を乱したら、アルトを苦しませてしまう。
もしかしたら、イヤな思いをさせてしまうかもしれない。
そう考えたら、話を続けることはできなかった。
何事もないフリをして、早々に話を切り上げた。
そうすることが一番正しいと、そう思った。
「……はぁ」
ため息が自然とこぼれる。
好きな人に振られた。
その事実がジニーの胸に重くのしかかる。
ひたすらに気分が落ち込み、意味もなく叫びたくなる。
それでも、涙は出てこない。
とても悲しいはずなのに、瞳は乾いたままだ。
涙の一滴も流れない。
「あたし……そんなに好きじゃなかったのかな?」
ふと、そんなことを思う。
アルトのことは好きだ。
しかし、それは小さな恋愛感情で、本当は憧れの方が強いのかもしれない。
だから、振られたとしても、それほどショックを受けておらず、涙が流れないのかもしれない。
そんなことを考えていると、保健室の扉が開く音がする。
養護教諭が戻ってきたのかと目をやると、そこにいたのはアレクシアだった。
「あれ、アレクシア? どうしたの?」
「ジニーさまの様子が気になって……その、大丈夫ですか?」
「えっと……うん、大丈夫よ。少し熱があるくらいで、大したことはないから」
「いえ、そちらではなくて……」
迷うような間を挟んでから、アレクシアは言葉を続ける。
「アルトさまのことです」
「っ……!?」
「すみません。ジニーさまのことが心配で、様子を見に来たら……お二人の話が聞こえて」
「……そっか」
「盗み聞きのようなことをしてしまい、すみません」
「謝らなくていいわよ。けっこうな声で話していたし……それにまあ、無理に隠すようなことじゃないもの」
「……ジニーさま……」
ジニーは、いつもと変わらない笑みを浮かべていた。
それが無理をしているように見えて、アレクシアは胸が締め付けられるような思いを味わう。
平気なフリをしているものの、きっと傷ついているはずだ。
辛いはずだ。
そう思うと、アレクシアはいてもたってもいられなくなり、そっとジニーを抱きしめる。
「えっと……アレクシア?」
「ジニーさま……無理はなさらないでください」
「え?」
「私も、同じくアルトさまに想いを寄せる身……だから、気持ちはわかるつもりです」
「それ、は……」
「私は大したことはできません。できることといえば、一緒にいることだけです。それでも……!」
「……ん、ありがとう。一緒にいてくれるだけで、すごくうれしいかな」
ジニーは軽く下を向いて……
うつむいたまま、アレクシアの胸に顔を預けた。
あくまでも表情は見られたくない、という感じだ。
「……あのさ」
「はい」
「初恋はうまくいかない、ってよく聞くじゃない? あれ、ホントのことなのかしら」
「そんなことはないと思います」
「どうして?」
「エルトセルクさまは、うまくいっているみたいですから」
「そっかー……そうよね」
アレクシアの胸に顔を預けたまま、ジニーはため息をこぼす。
ほどなくして、その肩が小さく震え始める。
思わずという感じで、ジニーはアレクシアを抱きしめる。
その状態で、嗚咽をこぼし始めた。
「うっ、くぅ……うぅ……」
「……ジニーさま……」
「わかっていた、つもり……なんだけど……やっぱり、辛いかも……」
「……」
アレクシアの温もりに触れたジニーは、ようやく失恋の涙をこぼすことができた。
その想い、悲しみ、全部吐き出してほしい。
そう言うかのように、アレクシアは優しい顔をして、ジニーを抱きしめ返した。
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