178話 ごめん
「えっと……」
突然のことに、頭が真っ白になってしまう。
今、ジニーは俺のことを……好き、と言ったよな?
あまりに突然のことだから、聞き間違いとか幻聴とか、そんな可能性を考えてしまう。
しかし、そう判断するには、あまりにハッキリと聞こえていて……
それなのに、聞き間違いや幻聴で片付けてしまうのは、ジニーに対して失礼では?
「うぅ……」
肝心のジニーはシーツをかぶり、恥ずかしそうにうめいている。
その反応を見れば、今の告白が間違いということはないだろう。
たぶん、本意ではないだろうから、ミスといえばミスかもしれないが……
だからといって、聞かなかったことにはできないか。
そんなことをしたら、逃げていることになり、一生、彼女にきちんと向き合うことができないと思う。
「ジニー、今のは……」
「……ごめんね」
「どうして謝るんだ?」
「だって……本当は、告白するつもりなんてなかったから。この想いは、ずっと隠しておこう、って……そう思っていたんだけど」
スルッと、ジニーがシーツを取る。
ようやく顔が見えるように。
彼女は……頬を染めて、瞳を潤ませていた。
今まで見たことがないような顔で、女の艶を感じさせる。
正直なところ、まったくの別人のようで、思わずドキリとしてしまう。
「エルトセルクさんに悪いから……でも、なんかこう……どんどん気持ちが膨らんでいて、我慢できなくなってきてて……気がついたら、ぽろっと」
「そっか」
「あーもう……あたし、なんでこんなミスをしちゃうんだろ」
こちらの視線から逃げるように、ジニーはうつむいてしまう。
意識しての行動ではなくて、無意識なのだろう。
どうしていいかわからなくて、どう反応していいかわからなくて……それで、思わず逃げるようなことをしてしまう。
わかる、とは気軽に言えないのだけど、理解はできた。
告白というものは、相当な勇気が必要だろうし……
相手の返事を待つ間、ひどく落ち着かないだろう。
色々と疎い俺ではあるが、それくらいのことはわかる。
「……あのさ」
声をかけると、ジニーがビクリと震えた。
このまま黙っているわけにはいかない。
なにもなかったことにして、立ち去るわけにもいかない。
とにかくも、話を先に進めないと。
「ジニーは、その……俺のことを……そう思ってくれているんだよな?」
肝心なところで『好き』という単語が口にできない俺は、やはりヘタレなのかもしれない。
「っ!?」
ジニーの顔が、カァアアアと赤くなり……
ややあって、コクンと小さく頷く。
「うん……好きよ」
「えっと、なんていうか……ありがとう。そのことは、素直にうれしい」
ジニーは明るくていつも元気で、その笑顔に助けられたことは一度や二度じゃない。
彼女と一緒にいることができて、いつも救われてきたと思う。
そんなジニーからの告白は予想外だけど、でも、とてもうれしいと思う。
もしもユスティーナと出会っていなければ、迷うことなく告白を受けていたはず。
って……
「……あぁ、そういうことか」
そこまで考えをまとめたところで、俺は、今になってようやく自分の気持ちを自覚する。
ジニーの告白をうれしいと思いながらも、それを受けることはできない。
その理由は、先にユスティーナに出会っていたから。
それはつまり……
俺は、ユスティーナのことが……そういうことなのだろう。
「返事についてなんだけど」
「っ!?」
「……今、してもいいか?」
「う、うん……どうぞっ」
ジニーが顔を上げてこちらを見る。
その瞳は、期待と不安の間で揺れていた。
俺の返事を聞いたら、ジニーはどんな反応をするのだろうか?
その時のことを考えると、前言撤回したくなる。
やっぱり、なかったことにして、なあなあで済ませてしまいたくなる。
でも、そんな恥知らずな真似はしたくない。
責任のない態度はとりたくない。
「ごめん」
「っ……!」
ジニーの顔がくしゃりと歪む。
でも、涙を流すことはなくて、ギリギリのところで耐える。
「そう、なんだ……あたし、振られちゃった?」
「……ごめん」
「そっかー……振られちゃったか」
そう言うジニーは、どこかスッキリした様子だった。
もっと感情を露わにすると思っていたのだけど、そんなことはない。
「えっと……すまない。ジニーのことは、とても魅力的だと思う。かわいいと思うし、性格もいいし、一緒にいて楽しい」
「ちょ……い、いきなりそういうこと言わないでよ。照れるでしょ……もうっ。振られたとはいえ、いきなりアルト君を好きな気持ちがなくなるわけじゃないんだから」
「それもそうか……いや。本当にすまない」
気の効いたことを言うことができない自分が情けない。
こんな時、どんなフォローをすればいいのか?
……いや、フォローなんてできないか。
なにしろ、俺がジニーを傷つけたのだ。
他に選択肢がないとはいえ、嘘をつくことはできないとはいえ……そんなことは言い訳にならない。
俺が彼女を傷つけた。
「んー……一個だけ質問いい?」
「ああ、どうぞ」
「やっぱり、エルトセルクさんがいるから?」
ジニーはなにもかもお見通しらしい。
「どうしてわかるんだ?」
「そりゃ、一緒にいればわかるから。二人でいる時、すごく優しい顔をしているもの」
「そう、なのか……?」
「そうよ。アルト君は鈍いから、自覚していないみたいだけど……たぶん、ずっと前から、アルト君の心はエルトセルクさんに捕まっていたと思うわよ」
「そうか……」
傍から見れば、俺はとてもわかりやすかったらしい。
でも、自覚したのはついさきほど。
ジニーに告白されて……
どんな返事をすればいいかと考えた時。
当たり前のように、ユスティーナの顔が頭をよぎる。
つまり……それが俺の答えなのだろう。
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