172話 過保護の理由
その後、しばらくしてフレイシアさんが戻ってきた。
負け惜しみのセリフを残したことはまるで気にしていない様子で、色々な勝負を持ちかけてきた。
家事、知識、雑学……色々なジャンルの勝負をすることに。
幸いというべきか、ユスティーナやみんなと一緒にいることで、俺は色々と鍛えられている。
全ての勝負に勝利することができて……
何度目になるかわからない負け惜しみのセリフを口にした後、フレイシアさんは完全にどこかへ消えた。
「ふう……」
寮に戻り、部屋でくつろぐ。
色々なことをしたせいか、けっこう疲れた。
「あう」
トコトコとノルンがやってきて、あぐらをかく俺の上に座る。
にこにこ笑顔でこちらを見上げて、体をスリスリと寄せてきた。
どうやら、今は甘えたい気分らしい。
「よしよし」
「むぅ……」
ノルンの頭を撫でていると、ユスティーナの複雑な視線がこちらに突き刺さる。
最初出会った頃のように、あからさまにノルンに嫉妬することはなくなったものの……
それでも、こうしていると思うところはあるらしく、複雑な顔になる。
だからといって、ノルンを放置したり構わなかったりすると、泣き出してしまう。
大声で泣くのではなくて、部屋の隅で膝を抱えて、静かに泣くのだ。
そのような態度をとられることは、なかなかに厳しく、放っておくことができない。
それに、ユスティーナも嫉妬以外の感情を覚えるようになり、ノルンに対して愛情を見せている。
妹ができたようでうれしい、と言っていたこともある。
なんだかんだでかわいがっているのだが……
それでも、完全に嫉妬の感情が消えることはないらしい。
「アルト!」
「えっと……ああ、おいで」
「んふ~♪」
軽く位置をずらして、右太ももにノルンを寝かせた。
そうして、空いている左太ももにユスティーナが頭を乗せる。
「そうそう、やっぱりこうしてくれないとね。アルトの膝はノルンのものだけじゃなくて、ボクのものでもあるんだから」
「そのことを了承した覚えはないんだけどな」
「ボクが決めたから、そうなるの!」
「あう!」
なぜか、ユスティーナに同意するようにノルンが頷いた。
この二人、なんだかんだで仲が良いんだよな。
微笑ましい限りなのだけど……
時折、こうして結託して反論を許してくれないため、対応に困る時がある。
「えっと……アルト、疲れてる? やっぱりボク、どこうか?」
「いや、大丈夫だ。じっとしている分には、なにも問題はない」
「そっか……お姉ちゃんがごめんね。まさか、帰ってきているなんて。事前にわかっていたら話をして、多少は落ち着かせることが……できていた、かも……しれない?」
フレイシアさんを落ち着かせる自信がないらしく、語尾がどんどん小さくなっていた。
いつだったか、ユスティーナに姉のことを聞いたことがある。
その時、若干、微妙な反応をしたのだけど……
その意味をようやく理解することができた。
姉として嫌いではないし、もちろん好き。
ただ、姉の好きは自分の数倍で過剰すぎる。
そのために疎ましいというほどではないが、若干、敬遠していたのだろう。
「お姉ちゃん、昔からあんな感じで……はぁ、困ったよ。ボクのこと、いつも猫可愛がりして……いい加減、妹離れしてほしいんだけど」
「まあ……気持ちはわからないでもないが、仲が悪いよりはいいんじゃないか? ユスティーナも、別に嫌いってわけじゃないんだろう?」
「それはまあ、うん。お姉ちゃん優しいし、強いから憧れているところもあるし……でも、過保護すぎるんだよね。でも、それはボクにも原因があるんだけど」
「ユスティーナにも? それはどういうことなんだ?」
「えっと……あ、そういえば、アルトにはまだ話したことなかったっけ。ボク、昔は体が弱かったんだ」
体の弱いユスティーナというものがまるで想像できず、思わず首を傾げてしまう。
「あーっ、ボクのことゴリラかなんかだと思ってない? ボクだって、体が弱い時期もあったんだからね!」
「いや、さすがにそんなことは思っていない。ただ、ユスティーナはいつも元気で明るく、かわいいからな。なかなか体が弱いというイメージは持ちにくいんだ」
「ふぇっ」
「どうした?」
「アルト、不意打ちだよ……そ、そういう不意打ちはダメなんだからね!?」
よくよく考えてみれば、恥ずかしいことを口にしたような気がした。
そんな不意打ちには弱いらしく、ユスティーナは頬を染めている。
最近になって、自分の変化に気づいてきたのだけど……
照れるユスティーナや、彼女の笑顔を見ていると、自然と心が弾む。
笑顔につられるように、俺も楽しい気持ちになる。
その感情の正体は……
つまり、そういうことなのだろうか?
初めてのことなので、これだ、と確証を持つことができない。
今度、グランとテオドールに相談でもしてみようか?
「アルト、どうしたの?」
「いや……それよりも、ユスティーナのことを教えてくれないか?」
「うん、いいよ。昔のボクは体が弱くて、しょっちゅう風邪を引いて寝込んでいたんだ。たまに風邪なんかよりもけっこう重い病気にかかって、危ない時もあったかな」
「驚いたな。竜でも病気にかかるのか」
「うーん、基本はかからないんだけどね。でも、ボクはまだ子供だったから、成竜に比べて病気に対する抵抗力が弱かったんだ。だから、ちょくちょく寝込んでいたの」
ユスティーナが寝込んでいたと知り、落ち着かない気持ちになる。
考えてもどうしようもないことなのだが……
俺もその場にいて、看病をしたいと、そう思う。
「ボクがそんなだから、家族に迷惑をかけちゃったんだよね。お母さんは、いつもボクの看病をしてくれて、お父さんは薬草を探すために遠くに飛んでくれていたの」
「そういうことは、迷惑と考えない方がいい。家族だから当たり前のことだ」
「うん、そうだね」
ユスティーナがにっこりと笑う。
家族を誇らしげに思っているような、そんな笑みだ。
「お姉ちゃんは、ずっとボクの傍にいてくれたんだ。ボク、たまにジュースが飲みたいとかわがまま言っちゃうんだけど、それでもお姉ちゃんは怒らないで、笑顔でなんでも叶えてくれていたの」
「優しいんだな」
「うん。昔は、たくさんお姉ちゃんに助けてもらったんだ。そのおかげで、ボクも少しずつ元気になっていって、普通に外に出れるようになったの」
「元気になりすぎて、お忍びで街に出たり?」
「もー、それは言ったらダメだよ」
「すまない」
「だから、お姉ちゃんには感謝しているんだけど……でも、今もずっと過保護のままなんだよね。ボクがなにか一人でしようとしたら、絶対に許してくれないし……どこに行くのもついてくるし。心配シてくれている、っていうのはわかるんだよ? でも、そろそろボクのことを認めて、妹離れしてほしいんだよね」
「……なかなか難しいかもしれないな」
人と違い竜は長命だ。
フレイシアさんはユスティーナと歳が離れているらしく、すでにかなりの年月を生きている。
そんな彼女からしたら、妹のことはまだまだ目が離せない存在なのだろう。
十年前後経過しただけでは、まだ安心できないのだろう。
確かに過剰な愛情かもしれないが……
それでも、根底にあるものは愛情なのだ。
それを拒否するということは、なかなかに難しい。
ユスティーナもどうしたらいいかわからない様子で、困っているようだった。
「俺がどうこうというよりは、ユスティーナが成長したところを見せた方がいいのかもしれないな」
「うん、そうだね。たぶん、それが根本的な解決方法なんだと思う。アルトのことを認めてもらったとしても、また違う問題が起きそうな気がするし……お姉ちゃんに妹離れをさせないと」
「その方法は……」
そこで思考が迷子になってしまい、考えがストップしてしまう。
なかなか良い方法が思いつかないのだけど、どうしたものか?
「あうっ!」
そんな時、自分に任せろ、というような感じでノルンが大きな声をあげた。
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