171話 料理はできますか?
「見極める……ですか?」
「そうよ。あなたという人間を私が見定めてあげる。そして、真にユスティーナちゃんにふさわしいかどうか、判定してあげる」
「もうっ、なんでお姉ちゃんにそんなことをされないといけないのさ! ものすっごい迷惑なんだけど!」
「そ、その……お姉ちゃんは、ユスティーナちゃんのためを思って……だから、ね? その、そんなに怖い顔をしないでほしいな……? お姉ちゃん、泣いちゃう」
とことん妹に弱い姉であった。
「えっと……」
どうする? と問いかけるように、ユスティーナがこちらを見た。
その瞳は、フレイシアさんに対する呆れが含まれていて……
無理に付き合う必要はないよ、と思っているらしい。
ただ、俺の考えは違う。
認めてもらえる可能性があるのなら、そのチャンスは逃したくない。
どんなことであれ真正面から受け止めて、そして、乗り越えていきたい。
「わかりました、受けます」
「え、ホント?」
「はい。ユスティーナの隣に立つことを認めてほしいですから」
「え? 一生ボクの隣にいて、抱きしめ続けたい? もー、アルトったら。みんなの前で大胆なんだから」
「そのようなこと、言ってませんわよね……?」
「あはは……」
アレクシアがジト目になり、ジニーが苦笑する。
これはこれでいつもの光景だ。
ただ、そんな当たり前の光景も、ユスティーナがいるからこそ成り立つもの。
一人消えただけだとしても、まったく違う光景になるだろう。
そんなことは望まない。
「へぇ、いい度胸ね……ここまでユスティーナちゃんをたらしこむなんて……むかつく! あなたという人間、見定めてあげる!」
――――――――――
場所を変えて、寮の食堂へ。
部屋にも料理設備はあるものの、この人数だとさすがに手狭だ。
なので、許可をもらい食堂の料理設備を貸してもらうことになった。
「しかし……なぜ料理なんですか?」
ユスティーナの隣に立つにふさわしいか、俺という人間を見定める。
そのことについて異論はないのだけど……
なぜ料理という方法が選ばれたのか、なかなかに気になるところだ。
「ユスティーナちゃんは料理が得意なのよ!」
「はい、知っています」
「そんなユスティーナちゃんに甘えっぱなしに違いないわ、そうに決まっているわ! でも、そんなダメ男なんて認めない。今の時代、男も家事ができて当然! でなければ、ユスティーナちゃんの隣に立つ資格はないわ!」
「なるほど……なるほど?」
わかるようでわからない話だった。
「……ふふん」
一瞬、フレイシアさんがこちらを見て、ニヤリと笑った。
その笑みで、彼女の意図を察する。
おそらく、本気で男も料理ができないとダメ、とは思っていないのだろう。
ユスティーナと一緒に過ごしている俺に料理ができるわけがないと踏んで、今回の試練を思いついた。
そして料理ができないことを指摘して、やっぱりふさわしくない、という結論に持って行きたいのだろう。
なかなかの策士だ。
「審査員は、ユスティーナちゃんと、その他三人に任せるわ」
「その他、って……」
「本当に、エルトセルクさんのことが好きなのですね」
「あうあう」
ジニー、アレクシアが苦笑した。
ノルンはよくわかっていない様子で、ごはんが食べられるのならなんでもオッケー、という感じで笑顔を浮かべている。
「じゃあ、俺達は進行役っていうことで」
「では、スタートだ」
グランとテオドールの合図で、俺は料理を始めた。
まずは野菜の皮を剥いて、それから均一の大きさにカット。
それからひき肉を用意して、下味をつけた後、団子にする。
「おや? なかなか手際がいいね」
「アルトって、料理できたのか?」
テオドールとグランが意外そうに言う。
そう思われても仕方ない。
実際、少し前までは料理は苦手というわけではないが、得意というわけでもなかった。
レシピがなければまともなものは作れないし、調理技術も拙い。
「ここ最近、ユスティーナに色々と教わっていてな」
「そうなのか?」
「料理当番は彼女の方が多いが……それでも、俺が作る時もある。そういう時に、残念な料理を提供するなんて、なかなかに情けないだろう? だから、ユスティーナに頼み、特訓をつけてもらっていたんだよ」
ユスティーナは料理が上手なだけではなくて、教え方もうまい。
みるみるうちに俺の調理技術は上達した。
もっとも、まだまだなので、師匠であるユスティーナからは免許皆伝をもらっていない。
「へー、そうだったのか。でも、これでも十分じゃねえか?」
「そうだね。僕は、たまに使用人が料理するところを見ますが、彼らと同じくらいに見事な手際かな」
グランとテオドールが褒めてくれるものの、そう簡単に言わないでほしい。
調子に乗ってしまいそうになる。
「ぐぬぬぬっ……」
料理ができず、あたふたするところを見たいと思っていたのかもしれない。
フレイシアさんは悔しそうにしていた。
「……よし、完成だ」
30分ほどして、野菜と肉団子のスープが完成した。
野菜と肉団子から出る旨味を活かすために、味付けは最低限にしている。
「どうぞ」
「むむむ……」
フレイシアさんの前に料理を出すと、うなり声をこぼされてしまう。
それなりに上手にできたと思うのだが……
ダメなのだろうか?
「違うよ、アルト。お姉ちゃんは、アルトが思っていた以上に料理ができていることが悔しいんだよ」
「そうなのか……って、よく俺の考えていることがわかったな?」
「アルトのことだからね♪」
俺に関することになると、ユスティーナの観察眼はとんでもない能力を発揮するな。
うかつに変なことはできない。
いや、するつもりもないが。
「ま、まあ、見た目がよくても肝心なのは味だし? まずかったらどうしようもないわよね……はむっ」
ぱくりと一口。
フレイシアさんは……目を大きく開いて、ぷるぷると震えた。
「お……」
「お?」
「……おいしい」
とても悔しそうに、そんなことを言う。
おいしかったとしても、まずいと言われるかもしれないと覚悟していたのだけど……
でも、そんなことはないらしい。
なんだかんだで、フレイシアさんはとても素直な性格をしているようだ。
「こ……」
「こ?」
「これで勝ったと思うなよぉおおおおおっ!!!」
三流悪人の負け惜しみのようなセリフを口にしつつ、フレイシアさんはどこかへ駆け出して行ってしまうのだった。
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
ブクマやポイントをしていただけると、とても励みになります。
よろしくおねがいします!