17話 きっかけ
「おいっ」
事情もわからないうちに、男子生徒に加勢することはできない。
ひとまずケンカの仲裁をするために、間に割り込む。
「なんだ、てめえ!?」
「邪魔するつもりか!」
「事情は知らないが、こんなところでケンカはまずいだろう。それに、三対一は卑怯だ。せめて……」
「てめえ……よくよく見てみればエステニアじゃねえか!」
よくよく見てみれば、こいつら、セドリックの取り巻き連中だ。
「てめえなんかお呼びじゃねえんだよ! 消えなっ」
「ぐっ」
おもいきり殴られてしまう。
ユスティーナに鍛えられているおかげで、あまり痛くはないが……
それでも、多少のダメージはあった。
向こうは向こうで、それなりに鍛えているみたいだ。
「邪魔するっていうのなら、てめえもまとめてやってやるよ!」
「ゴミカスが、俺たちに逆らうんじゃねえ!」
説得に応じず、俺も標的に加える。
そんな相手にまともな言葉は届かないだろう。
ケンカの仲裁は諦めて、男子生徒に加勢することにした。
「いけるか!?」
「あ、ああ……大丈夫だ!」
「なら、一人は任せた!」
俺は二人を担当した。
幸いというべきか、相手は武器を所持していない。
拳撃や蹴撃を繰り出してくる。
学院で教わる戦闘技術だけではなくて、独自のアレンジが加えられていて、ケンカ慣れしている。
ただ、恐怖も威圧感も、まるで感じない。
セドリックに比べると遥かに格下だ。
的確に攻撃を防いで、あるいは避けて……
じっと耐えて、チャンスをうかがう。
ユスティーナの特訓のおかげで、俺の身体能力はかなり向上しているが、残念ながら、戦闘技術は習得していない。
自惚れることなく、油断することなく、慎重に事を進めないといけない。
「今っ!」
男が大きく腕を振り、脇ががら空きになった。
そこに蹴りを叩き込む。
男は悶絶して、その場に崩れ落ちた。
仲間が倒されたことで、残りの一人が動揺した。
その隙を逃すことなく、下から上に顎を張る。
うまい具合に脳震盪を起こしたらしく、二人目も地面に沈んだ。
「ふう」
見ると、最後の一人は、ちょうど男子生徒に倒されていた。
そこそこケンカに慣れているらしく、一対一なら強いみたいだ。
「サンキュー。たすか……あっ」
男子生徒は俺を見て、ハッとした顔になる。
なんだ?
俺の顔になにかついている……とか、そういうわけじゃないか。
俺のことを知っているのかもしれない。
セドリックに絡まれていたことで、知名度はそこそこあるからな。
まあ、悪い意味での知名度ではあるが。
「エステニアか……そっか、お前が助けてくれたのか……」
「俺のことを知っているのか?」
「え? いや、そりゃまあ……同じクラスだからな」
そうなのか?
言われてみると、どこかで見覚えが……
クラスに友達なんて一人もいないから、まるでわからなかった。
「とりあえず、場所を移動するか」
「……ああ、そうだな」
こんなところ、教師に見つかると面倒なことになる。
殴り倒した男たちはそのままに、俺たちはその場を後にした。
――――――――――
男子生徒の名前は、グラン・ステイル。
俺はまったく覚えていなかったが、クラスメイトだ。
たまたまセドリックの取り巻き連中に目をつけられて、金を強請られていたらしい。
しかし、グランはおとなしく金を差し出すようなタイプではなくて……
後は見ての通り。
取り巻き連中が怒り、ケンカになった……というわけだ。
そんな事情を寮の談話室で聞いた。
「そうか……災難だったな」
「適当にやり過ごせればよかったんだけどな。連中、しつこいから、ついついこっちも頭に来てな」
「とはいえ、ケンカは控えた方がいいぞ。一応、学生同士の私闘は禁じられているからな」
「そうなんだよなぁ……ったく、これで面倒事になったら、どうしてくれるんだよ。っていうか、面倒事になる予感しかしねえ……ああいう連中、絶対に報復とかするだろ」
「さて……どうだろうな?」
セドリックがいた頃は、あいつの権力を傘に着て好き放題やっていたみたいだが……
今は学院の目も厳しくなり、なかなか無茶をすることはできない。
連中もグランを標的にしていたわけではなくて、ただの突発的な犯行だから、顔も名前も覚えていないだろう。
人気のないところで出くわすとか、そういう運の悪さがない限りは問題ないと思う。
そう話したところ、グランは安心したように吐息をこぼした。
「そっか、それならいいんだ」
「問題になるとしたら、ケンカが学院にバレた時だろうな。まあ、その時は俺を呼んでほしい。正当防衛だと証言するから」
いや……殴り倒してしまったから、過剰防衛か?
まあ、相手に非があることは間違いないので、悪いことにはならないだろう。
「……」
返事がないので見てみると、グランがきょとんとしていた。
「どうしたんだ?」
「俺の力になってくれるのか……?」
「ああ。証言くらいなら、いくらでもするぞ」
「なんで……」
「なんで、と言われても……」
考える。
しかし、答えなんてない。
「誰かを助けたいという思いに、理由なんて必要か?」
「っ……!?」
どうしたのだろう、そんなに驚いた顔をして。
俺は、そんなにおかしなことを言っただろうか?
「そう、だよな……そっか、エステニアはそういうヤツなんだよな。わかっていたはずなのに、俺は……」
「どうした? 顔色が悪いぞ?」
「いや……なんでもない」
なんでもないと言える様子ではないが……?
「……俺、部屋に戻る」
「ホントに大丈夫か?」
「ああ……ちょっと一人になりたんだ。心配してくれてんのに、すまねえな」
「いや、大丈夫だというのなら構わないさ」
「……ホント、ありがとな」
グランは繰り返し礼を言うと、そのまま寮の奥に消えた。
いったい、どうしたのだろうか?
「あっ、アルト!」
後を追いかけることもできず、一人のんびりしていると、ユスティーナが帰ってきた。
買い物袋を手に下げている。
たぶん、その中身は……いや、考えないようにしよう。
「おかえり」
「ただいまー! こんなところでどうしたの? あっ、もしかして、ボクのことを待っていてくれたの? もー、アルトってば寂しんぼうなんだね。でもでも、うれしいよ」
勝手にユスティーナを待っていることにされてしまった。
訂正……はできないな。
そんなことをしたら、落ち込むユスティーナが簡単に想像できた。
「えっと……ユスティーナは、ちゃんと欲しいものは買うことはできたのか?」
「うん。かわいいものが見つかったんだ!」
ちらりと、赤い顔をしてユスティーナがこちらを見る。
「……見たい?」
「いやいや。確か……下着だろ? 俺が見るわけにはいかないだろ」
「恥ずかしいけど、アルトならいいよ」
「さすがにそれは……」
「あっ、そっか!」
理解したという様子で、ユスティーナはにっこりと笑う。
「ものだけ見ても仕方ないもんね。きちんとつけているところを見たいんだよね」
とんでもない勘違いをしている!?
いや、興味がないといえばウソになる。
俺も男だ。
とはいえ、付き合ってもいないのにそんなことをするわけにはいかない。
「でもでも、さすがにここだと他の人の目があるからダメだよ。ボクの恥ずかしいところは、アルトだけにしか見せないんだから」
だから、そういうセリフを口にしてないでほしい。
自制心が崩壊してしまいそうになる。
「いや、それはいいから」
「えー」
残念そうにしないでほしい。
「とりあえず、部屋に戻ろう」
「そうだね。そろそろごはんの準備をしないと」
「俺も手伝う」
「ありがとう」
グランの様子が気になりつつも……
今はなにもできることはないだろうと、ユスティーナと一緒に部屋に戻るのだった。
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