168話 シスコン
「ぐっ!?」
フレイシアさんに片手で持ち上げられてしまう。
苦しくて、思わず顔をしかめてしまった。
いったい、なにが……!?
フレイシアさんに恨まれるようなことをした覚えがない。
というか、今初めて顔を合わせたばかりだ。
わけがわからなくて混乱してしまう。
とにかくも拘束から逃れようとするが、それは敵わない。
ガッチリと器具で固定されているかのように、びくともしなかった。
「てめえ……」
「うっ……くぅ」
フレイシアさんが顔を近づけて凄んできた。
ほぼほぼ殺気に近い怒気をぶつけられて、体が震えてしまいそうになる。
相手はユスティーナの姉……神竜なのだ。
見に覚えはないが、その怒りを買ったとなればタダでは済まない。
俺の人生、終わったか……?
ついつい、そんな覚悟をしてしまう。
「よくも私のかわいいかわいいユスティーナちゃんに手を出してくれたなぁ、おいっ!?」
「……はい?」
怒りに吠えるフレイシアさんは、よくわからないことを口にした。
「手を出した……というのは?」
「あぁん? てめえ、すっとぼける気か! 私のユスティーナちゃんに手を出して、あんなことやこんなことをしたんだろうがっ」
「えっと……」
「くそっ、私もまだそんなことはしていないっていうのに……ふざけた真似をしてくれたなぁ、あぁん? てめえは許さねえ……100回ブレスで焼いてやる!」
「もうっ、お姉ちゃん恥ずかしいからやめてよ!!!」
「はうっ!?」
ユスティーナが鞄をフルスイング。
こめかみにめりこむような結果となり、フレイシアさんが膝から崩れ落ちる。
そんな姉には目もくれず、ユスティーナは心配そうにこちらに駆け寄る。
「アルト、大丈夫? お姉ちゃんがごめんね……」
「ああ、いや……特に問題はないが、どういうことなんだ?」
なにが起きているのか、まったく理解できない。
他のみんなも同意見らしく、豹変したフレイシアさんを見てぽかんとしている。
「その、なんていうか……お姉ちゃんはシスコンなんだ」
「シスコン?」
「ボクが言うのもなんだけど、ボクのことが大好きすぎて……お父さんをさらにひどくしたバージョン? そんな感じで、ボクのことになると我を忘れちゃうの」
「……ああ、なるほど」
ユスティーナの話を聞いて、ようやくフレイシアさんが変貌した理由を理解した。
視点を変えると、確かに俺は、ユスティーナをたぶらかしたことになるだろう。
事実、彼女は俺を追いかけて学院に入学している。
その事実がフレイシアさんには許せなくて……
そして、元凶を目の前にして暴走してしまった……そんなところだろう。
「ユスティーナちゃん、ひどい! お姉ちゃんの顔にいきなり鞄を叩きつけるなんて……どうしちゃったの? ぐれちゃったの?」
「ひどいのはお姉ちゃんの方でしょ! いきなりアルトに掴みかかるなんて……!」
俺に抱きつきながら姉を睨みつけている。
そんな妹の様子にショックを受けた様子で、フレイシアさんはガーンという顔に。
「わ、私のかわいいユスティーナちゃんが、人間なんかに抱きついて……」
ゴゴゴッ! とフレイシアさんが嫉妬に燃える。
目に見えるほどの強烈な闘気が湧き上がり、他のみんながぎょっとしていた。
こ、これは……どうしたらいいんだ?
こんなところで、フレイシアさんと戦うなんて……
そもそもユスティーナのお姉さんと一線交えるなんてこと、したくない。
どうすればいいのか迷い、ためらっていると、ユスティーナが一歩前に出た。
そして、必殺の言葉を放つ。
「お姉ちゃん、やめてって言っているでしょ!」
「ユスティーナちゃんは騙されているのよ……そうよ、そうに決まっているわ。待っていてね、今、お姉ちゃんが助けてあげる」
「もうっ、相変わらず人の話を聞かないんだから! そんなお姉ちゃんは……嫌いになるよ!」
「っ!?!?!?」
ものすごい衝撃を受けた様子で、フレイシアさんは大きく顔を歪めた。
茫然自失となり……
膝から地面に崩れ落ちて、両手をつける。
「あ、あばばばっ……ゆ、ユスティーナちゃんが嫌い、って……お姉ちゃんのこと、き、ききき、嫌い……嫌い嫌い嫌い……」
ダメージ、大きすぎやしないだろうか……?
瀕死という感じで、とても神竜とは思えないのだが。
まあ……それだけユスティーナのことが好きなのだろう。
大好きな妹から嫌いになると言われれば、こうなるのも仕方ない……のか?
「ゆすでぃーなじゃあああんっ!!!」
だーっと滂沱の涙を流しつつ、フレイシアさんはユスティーナに抱きついた。
そのまま必死の形相で訴える。
「ごべんなざいっ、ごべんなざあああいっ! お姉ちゃんのこと、嫌いにならないで! 嫌いにならないでぇえええええっ!!!」
まさかのガチ泣きだった。
神竜の威厳もなにもあったものではない。
大の大人が妹に抱きついて、泣きながら嫌わないでと懇願する……
しかも、そんなことをしているのは伝説の神竜バハムート。
なんていうか……
竜に対する敬意やら色々な感情がぐらぐらと揺らいでしまうのだった。
「まったくもう……そんな風に泣くくらいなら、最初からアルトにひどいことをしなければいいのに」
「だっでぇ……ユスティーナちゃんを、ぐすん、とられちゃったかと思って……えっぐ。久しぶりにおうちに帰ったら、人間の学校に通っているって言うし……お姉ちゃん、色々とびっくりしてぇ……」
「まあ、黙っていたのは悪いと思うけど……でも、お姉ちゃんも悪いんだよ? 旅行してくる、って言ったきりぜんぜん帰ってこないんだもん。それに行き先も教えてくれなかったから、手紙で伝えることもできなかったし」
「うっ……そ、それはぁ……」
「なによりも、いきなりアルトを脅すのはダメ。っていうか、アルトじゃなくてもダメ。ボクたちは、人間と仲良くしているんだからね。その関係を壊す気?」
「……ごめんなさい」
妹に完全に頭が上がらないらしく、フレイシアさんは素直に謝罪していた。
本気の謝罪らしく、それなりの誠意が感じられた。
しょんぼりとしていて、はしゃぎすぎて叱られた犬みたいだ。
「お姉ちゃん、アルトにごめんなさい、して」
「うっ……に、人間なんかに?」
「ちゃんと謝ることができるよね? ね?」
「……あ、謝ります」
にっこり笑顔であるものの、目はまったく笑っていない。
そんな妹の姿に恐れをなしたらしく、フレイシアさんは渋々ながらも頭を下げた。
「……ごめんなさい」
「あ、いえ……き、気にしないでください」
「簡単に許しちゃうなんて、アルトは優しいなあ。お姉ちゃんのことだから、心から反省はしていないよ? ここぞとばかりに、色々と責め立てていいんだよ?」
そんなことを言われても困るのだが……
神竜を責め立てるなんてこと、できるわけがない。
それは、神様にケンカを売るようなことだ。
「……ちっ、人間ごときが」
こっそりと舌打ちするフレイシアさんを見て、一波乱ありそうだ……と覚悟をする俺だった。
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