165話 小さな反抗
軽食とドリンクを味わいつつ、猫との触れ合いを存分に満喫した。
それから店を出て、王都内を散歩。
露店などを覗きつつ、日が暮れ始めたところで丘の上にある公園へ。
「どうですか、アルトさま?」
「へぇ……」
アレクシアが案内してくれたのは、王城と竜の山を同時に見ることができる場所だった。
その二つが夕陽に照らされて赤く輝いている。
陳腐な表現ではあるが、宝石のように綺麗だ。
見る者の心を澄んだものにさせる魅力があるというか……
たぶん、いつまででも眺めていることができる。
「綺麗だな」
「ふふっ、そう言ってもらえるとうれしいです。ここは、私のお気に入りの場所なのですよ。イヤなことがあった時など、ここに来て癒やされていたのです」
「そんなところを教えてもらっていいのか?」
「アルトさまにこそ、知っておいてほしくて」
その言葉からは、アレクシアの純粋な好意を感じる。
うれしいと思うが、しかし、情けないことにどう応えていいかわからない。
言い訳になってしまうが……竜騎士になることだけを考えて生きてきたため、そういう方面はからきしなのだ。
ただ、そうも言っていられないか。
ユスティーナのこともある。
もう少し色々なことを考えるようにして、彼女たちに誠実でありたいと思う。
「アルトさまは、今しばらくはそのままで良いと思いますわ」
「えっ」
「私たちの想いにどう応えればいいか、そんなことを考えていたのでしょう?」
「……なぜわかる?」
「それだけアルトさまのことを見ていますので」
にっこりと笑顔でそんなことを言われてしまう。
なかなかに手強い。
「待つ者としては、早い返事が欲しいと思うことはありますが……しかし、アルトさまを悩ませることは本意ではありません。無理に答えを出して、急かした返事も求めていません。なので、どうか納得いくまで考えてください」
「それでいいのか?」
俺にとってはありがたいが……
やはり、アレクシアたちを待たせてしまうのはどうかと思う。
「はい、問題ありません。たぶん、エルトセルクさんも同じ考えだと思います」
「そう……なのか?」
「同じ方に恋する乙女ですから、なんとなく、考えていることはわかります」
甘えてばかりで申しわけないと思うが……
しっかりと考えて、俺自身が納得することこそが、一番の正解なのだろう。
「約束する」
「え?」
「いつになるかわからないが……いつか、きちんと答えを出す」
「……はい」
アレクシアはにっこりと笑うのだった。
――――――――――
日が暮れて、俺とアレクシアは寮に続く道を歩く。
「今日はどうでしたか、アルトさま?」
「楽しかった」
「そう言ってもらえると、誘った身としてはうれしいですわ。まあ、無理を言って誘ってもらった、と言えるかもしれませんが」
そういえば、学院に入学した理由を教えてもらう代わりに……という約束だったか。
普通に今日という日を楽しんでしまい、忘れていた。
「私が学院に入学した理由ですが……竜騎士になりたいとか、そういう理由ではありません。恥ずかしい話ですが、実のところ、ただの反抗なのです」
「反抗?」
「お父さまは、私のことをとても愛してくださっていて……そのことはうれしいのですが、少し過保護すぎるのです。こうすることが私のためになる、と信じて時に強引になることもあり……気がつけば、私は自分のことを自分で決めることができなくなっていました」
「それは……」
辛いことだろう。
子供ならば、親の庇護下にあるのは当たり前だ。
しかし、俺たちは、もう子供と言える歳ではない。
大人というには、多少は早いかもしれないが……
自分で立ち上がる力を持ち、歩いていくことができる。
それなのに、未だ親があれこれと口を出してきたらたまらないだろう。
動きにくいという理由もあるが……
それ以上に、自分は信頼されていないのではないか? と思うかもしれない。
というよりは、実際にアレクシアはそう思ったのだろう。
だからなのか、とても難しい表情をしていた。
「お父さまは、私のために道を作ると言いました。しかし、私は、自分の未来は自分で切り開いていきたいと思います。そこで意見が対立して……私は一人でも問題ないということを示すために、お母さまの力を借りて、竜騎士学院に入学したのです」
「そうだったのか……」
「でも……ダメですね。結局、学院を離れてしまいましたし……入学する時も、お母さまの力を借りてしまいました。私一人でできることは、なにもないのかもしれません。あるいは、お父さまの言うことが……」
「違う」
自嘲めいた顔を見せるアレクシアだけど、それは考えすぎというものだ。
「確かに、最初は無理だったかもしれない。でも、今は違うだろう? 自分で考えて、自分で道を切り開いている。アレクシアは、ちゃんと独り立ちしている」
「そう……でしょうか?」
「俺は、そう思う。俺の意見なんて、頼りにならないかもしれないが……」
「いいえっ、いいえ! アルトさまにそう言っていただけるのならば、私は……!」
アレクシアは、一瞬、泣きそうな顔を見せて……
しかし、すぐに笑顔に切り替えた。
「ありがとうございます、アルトさま」
「いや……俺の方こそ、大事な話を聞かせてくれてありがとう」
互いに笑みを交わす。
アレクシアは、今の話を誰かにずっと聞いてもらいたかったのかもしれない。
話を終えたことで、どこかスッキリとした顔をしていた。
一方の俺も、心が落ち着いていた。
自分で道を切り開きたい……そんなアレクシアの想いを聞いて、俺なりの覚悟が定まったのだろう。
「スッキリいたしました。お礼に、私にできることがあるのならば、アルトさまのお悩みを解決するのに、なにかしたいと思いますが……」
「いや、それなら大丈夫だ。もう解決した」
「そうなのですか?」
「ああ。だから、逆に俺がお礼をしたいところだ」
「そのようなことは……あっ、でしたら、一つよろしいですか?」
アレクシアがいたずらを考えているような子供めいた笑みを浮かべた。
なんだろう?
「お礼をいただいても?」
「俺にできることなら」
「とても簡単ですわ。そのまま、じっとして目を閉じてくだされば」
不思議に思いつつ、言われるまま目を閉じる。
すると……
「……んっ」
頬に柔らかい感触が触れた。
「っ!?」
「ふふっ」
びっくりして目を開けると、アレクシアは変わらずに笑みを浮かべていた。
なにをしたのか、なにをされたのか。
それを問いかけることはできず……ただただ、アレクシアはうれしそうにしているのだった。
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