162話 進むべき道は?
「ふう」
夜。
なかなか眠ることのできない俺は、寮の庭に出て夜風を浴びていた。
日中はまだまだ暑く、太陽が目一杯がんばっている。
ただ夜は涼しい。
あれこれと悩む頭を冷やすにはちょうどいい。
ちなみに一人だ。
ユスティーナは部屋で寝ている。
本当は夜の散歩に付き合ってもらおうかと思ったのだけど、今日は早く寝たらしく……
起こすのも申しわけないので、一人で涼んでいるというわけだ。
「さて、どうしたものか」
王からの話が頭を離れてくれない。
諸々の手順を飛ばして、ユスティーナと一緒に正規の竜騎士として採用される。
そういう制度があるということは知っていたが、今までに適用されたことは、ほぼほぼないらしい。
数えるほどで、申請しても却下されるのが当たり前。
そんな中、俺が選ばれるなんて……
うれしさよりも驚きの方が勝り、どう反応していいかわからない、というのが正直な感想だ。
「正規の竜騎士になることは夢ではあるが……なんだろうな、このもやもや感は」
普通なら、喜んでその場で返事をするはずなのに。
でも、そうすることができなかった。
自分でもよくわからないのだけど、迷いがあった。
この迷いは、いったい……
「アルトさま?」
「アレクシア?」
振り返ると、アレクシアの姿が。
俺と同じように、夜の散歩をしていたのだろう。
軽い上着を羽織っているが……
その下はパジャマで、ちょっと目のやり場に困る。
過激なパジャマというわけではないが、女の子の寝間着を見るというのは、微妙に気まずいような気がする。
俺だけだろうか?
「どうされたのですか?」
「ちょっと考え事をしてて。アレクシアは?」
「私は、夜の散歩に」
微笑みながら隣に立つ。
「一緒にしてもよろしいですか?」
「ああ、もちろん」
アレクシアは風に揺れる髪を片手で押さえた。
「風が気持ちいいですわね」
「そうだな」
しばらくの沈黙。
静かな時間が流れるのだけど、イヤな感じはしない。
むしろ、心地いい。
いつも賑やかに過ごしているから……
こういうゆったりとした時間は、なかなかに悪くはない。
「アレクシアは……」
気がつけば、自然と言葉を紡いでいた。
「ずいぶんと腕をあげたよな」
「そうでしょうか?」
「先の戦いで、大活躍だったじゃないか」
「私なんて、まだまだですわ。もっともっと精進しないと、アルトさまにぜんぜん届きません」
「そうか? 俺なんて、追い抜かしているような気がするが」
「もう……アルトさまは、自己評価が低いですわ。そのようなことはありません。アルトさまは、おそらく、今は学院一の実力者。そのような謙遜はよしてくださいな」
「そう……なのか?」
「そうですわ」
きっぱりと断言されてしまう。
アレクシアの言葉を疑うというわけではないが、ただ、実感は湧かない。
俺は、まだ入学したばかりの一年だ。
それに、最初は落ちこぼれで……
そんな俺がトップクラスの仲間入りを果たしているなんて、信じられない。
とはいえ、それを口にするということは、アレクシアに対して失礼だろう。
事実はどうかわからないが、彼女はそう信じているのだから、否定するような言葉はぶつけたくない。
「そうだとしたら、うれしいな」
「はい、私もうれしいですわ」
「どうしてだ?」
「もっとも気になる殿方の成長は、己のことのようにうれしいですから」
「……そういうものなのか?」
「はい。女の子とは、そういうものですわ」
にっこりと笑顔で言われてしまう。
ユスティーナが現れて、それなりに女心について学んだつもりではいたが……
まだまだらしい。
「私は、もっともっと強くなりたいですが……ただ、アルトさまにそう言ってもらえたことはうれしいですわ」
「どんな訓練をしたのか、教えてもらっても? いや、特に意味はないが、単なる好奇心で……」
「実は……ジニーさんと一緒に、エルトセルクさんのお母さまに稽古をつけていただきまして」
「えっ!?」
予想外の言葉が飛び出して、思わず大きな声をあげてしまう。
「ユスティーナのお母さん、って……アルマさん?」
「はい、そうですわ」
まさか、アルマさんに稽古をつけてもらっていたなんて……
アレクシアもジニーも、とんでもないことをするな。
でも、納得だ。
そんなことをしていたのならば、強い力を身に着けていることもわかる。
「しかし、どうして訓練を?」
「悔しかったからですわ」
「悔しい?」
思わぬ言葉が出てきて、ついつい眉をひそめてしまう。
「コルシアに行った時のこと、覚えていますか?」
「もちろんだ」
「では、その時に遭遇した事件のことは?」
「それも覚えている」
「その時……アルトさまとエルトセルクさんのみが、敵とまともに戦うことができた、ということは?」
「そう……だっただろうか?」
それはよく覚えていない。
あの時は、ノルンを助けることで必死だったから、あまり周りのことは見えていなかった。
「あの時の私は、ぜんぜん力が足りていませんでした。アルトさまの力になることはできず、逆に足手まといになる始末……だから、もっと強くなろうと決意したのです」
「そうだったのか……」
「それと……実はもう一つ、理由があります」
「もう一つ?」
それは、どんなものなのだろうか?
興味を覚えると同時に、その話を聞くことができれば、俺の考えもまとまるのでは? なんていう直感を抱く。
「聞いてもいいか?」
「はい。もう一つの理由というのは……私自身の足で、しっかりと立ち上がることができるようになりたい、というものでしょうか」
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