16話 助けられる側から助ける側へ
「つまり、アルトの身体能力は今、とんでもないことになっているんだよ」
試験が終わり、その夜。
寮の部屋で、俺は試験のことについて、ユスティーナの説明を受けていた。
「竜の枷で一ヶ月間、重力が2倍の状況で過ごしていた。栄養ドリンクで成長も促されていた。これって、大体10年分くらいの特訓効果があるんだよ」
「10年って……本当なのか?」
「ウソなんて言わないよ。まあ、適当計算だけど……それくらいはあると思うよ」
ついつい驚いてしまったけれど、納得の話だった。
10年分もの効果を得たのならば、あれだけの力を得ることも可能だろう。
「……っ……」
ブルリと体が震えた。
俺は強くなっている。
もしかしたら、このまま英雄になれることも……
「でも、調子に乗ったらダメだよ」
オレの心を見透かした様子で、ユスティーナが釘を刺すように言う。
「竜の枷の特訓のおかげで、確かに、アルトの身体能力は大きく向上したよ。でも、世の中全体で見ると、まだまだだよ。アルトより上の人はたくさんいる。それに、身体能力が上昇しただけで、戦闘技術は磨かれていないからね」
「今の俺は力だけで、その他はなにもない、ということか……」
「厳しい言い方をするけど、その通りかな」
浮かれていた自分を諌める。
色々あったことで、調子に乗りかけていたが……
そんなことになってもロクなことにならないだろうな。
「ありがとう、ユスティーナ」
「ふぇ? なんでお礼を言われるの?」
「諌めてくれただろ。ユスティーナの言葉がなければ、俺は調子に乗って、とんでもないミスをしていたかもしれない。だから、ありがとう」
「アルトは謙虚だね。ちょっとくらい、自慢してもいいし、調子に乗ってもいいと思うのに」
「普通の竜騎士になるだけなら、それでもいいかもしれないが……俺は、英雄になりたいんだ。目指すところが遥か上だから、しっかりしないとな」
「なら、ボクはそのサポートをしてあげる」
「頼りにしてもいいか?」
「もちろん!」
ユスティーナはとびっきりの笑顔で頷いた。
――――――――――
俺こと、アルト・エステニアは平凡な存在だ。
アルモートの田舎町の宿の息子として生を受けた。
実はやんごとなき身分の血が流れている……なんてことはない。
特筆するようなことは何一つない。
ごく普通の子供だ。
近所の同世代の子供たちと一緒に、日が暮れるまで遊んで……
週に二回、学校に通い知識を学ぶ。
アルモートは豊かな国で、国民の教育にも力を入れているのだ。
もっとも、子供にとって勉強なんてものは退屈で、渋々通っていたことを覚えている。
そんな当たり前の日々を過ごしていた。
何事もなければ、俺は普通の大人に成長して……
そのまま両親の宿を継いでいただろう。
しかし……ある日、俺の人生の転換点が訪れた。
ある日のことだ。
友達と遊んでいた俺は、ついつい遠出をしてしまい、一人、迷子になってしまった。
街の外は魔物がいるから危険と言われていたのに、気がつけば外に出てしまっていた。
帰り道がわからず、かといってどうすることもできず。
半分泣きながら、必死になって街に戻る道を探していた時……魔物に襲われた。
生きた心地がしなかった。
あの時は、ここで死ぬんだと思った。
そんな時、空から竜が舞い降りてきた。
竜は俺を守る盾となり……
そして、その背に乗っていた騎士が魔物を蹴散らした。
竜騎士だ。
竜と共に空を翔けて、敵を討つ。
その力を見た俺は、一瞬で惚れ込んでしまった。
強い憧れを抱いた。
俺も竜騎士になりたい。
強くなりたい。
そして……誰かを助けたい。
その思いは時間が経っても消えることはなくて、むしろ、日に日に膨らんでいき……
俺は、竜騎士学院に入学することを決意した。
それが俺の原点だ。
英雄に憧れる心の出発点だ。
自分が助けられたように、誰かを助けることができる存在になりたい。
そのための力が欲しい。
だからこそ、英雄になりたい。
そんな思いがあるから、セドリックに絡まれていた女の子を助けた。
ユスティーナを助けた。
俺にできることがあると信じて……
たぶん、これからもそうしていくのだと思う。
それが、俺が俺らしくあるということなのだから。
――――――――――
「アルトー!」
とある日の放課後。
授業が終わると同時に、ユスティーナが笑顔で抱きついてきた。
「お、おい。いきなりなにをする」
「愛情表現。えへへー」
「いや、ダメだろう。離れろ」
「えー、なんでー?」
「なんで、と言われても……」
ユスティーナの体は、失礼だが、起伏に乏しい。
でも、なんだかんだでしっかりとした女の子なので、あちこち柔らかくて……
それに、甘いようないい匂いもして……
って、そんなことを真剣に考えるなんて、俺は変態か。
とにかくも、抱きつかれるのはまずいので、そっと引き離しておいた。
「もう、アルトは照れ屋さんだなあ。でも、そういうところもかわいくて好き♪」
めげないユスティーナであった。
「……っ……」
ふと、クラスメイトと目が合う。
こちらを見ていたらしい。
ただ、目が合うとすぐに逸らされてしまった。
セドリックが消えて、試験で実力を示して、ユスティーナがいて……
そのおかげで、いじめられることはなくなった。
だた、クラス内で浮いていることは変わらない。
今更、クラスメイトもどう接していいかわからないのだろう。
俺としては、仲良くしたい。
一部はセドリックのいいなりだったが……その他、大半のクラスメイトは無関係で、いじめられたことはない。
見て見ぬ振りをされただけだ。
自分も目をつけられてしまうかも、という恐れはよくわかるので、そこについては責めることはできない。
だから、俺は気にしていない。
同じように、クラスメイトも気にするのをやめてくれればいいのだけど……
なかなか難しいか。
「どうしたの、アルト?」
「……いや、なんでもない。帰るか」
「うんっ……と言いたいところなんだけど、ボク、ちょっと用事があるんだよね。ごめんねだけど、アルトは先に帰っててくれないかな?」
「珍しいな。どんな用事なんだ? 手伝えることがあるなら手伝うが……」
「えっと……さ、さすがにそれはまだ早いというか、心の準備ができていないというか……一人がいいかな」
なんで照れるんだ?
「えっと、その……パンツを買いに行きたいなあ、って」
「そ、そうか……すまない。変なことを聞いた」
「ううん、気にしないで! 今はまだ恥ずかしいけど……でもでも、いつかアルトの好みのパンツを教えてくれるとうれしいな」
非常に反応に困る話を振らないでほしい。
とりあえず、聞こえなかったことにした。
その後、校舎を出たところでユスティーナと分かれて一人になった。
寮に続く道をまっすぐに歩いていく。
「……うん?」
校舎の影……人目につきにくいところに複数の生徒がいた。
どちらも男子生徒だ。
一人を三人が取り囲んでいる。
揉めているらしく、口論となっていた。
だからこそ、俺が気づくことができたのだけど……
「って、おいおいおい」
三人組がいきなりキレて、一人を殴り始めた。
果敢にも応戦するが、三対一はさすがに厳しいらしく、あっという間に押されていく。
「訓練用の槍もないが……ええいっ、仕方ないか!」
放っておくことはできず、急いで駆け出した。
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