159話 ククルの憂鬱
ククルは緊張の色を顔に浮かべながら、王城内を歩いていた。
先導する竜騎士の後を、ゆっくりとついていく。
緊張の表情から、悩ましげな顔に。
そこからさらに迷いの色をにじませる。
コロコロと百面相をしつつ、ククルは竜騎士の後ろを歩いていく。
二人は人気のない通路を進み、地下へと下る階段を降りる。
たどり着いたところは地下牢だ。
わざわざ王城に作られた牢だ。
普通の場所ではない。
一般的な犯罪者を収容するためのものではなくて、より上のランクの者……『国の敵』を閉じ込めておくためのものだ。
政治犯であったり、大規模犯罪を犯した者であったり。
あるいは……その存在を世間に知られたくない者。
ククルが面会を求めた相手は、
「よう、ククルの嬢ちゃんじゃねえか」
ホークだった。
聖騎士の象徴である白い鎧は没収されて、身にまとうのは粗末な服だけ。
両手足を鎖と鉄球で封じられており、一切の身動きができないようにされていた。
その上で、特殊な魔法を利用した結界が展開されている。
事情をなにも知らない人が見れば、非人道的だと怒るかもしれない。
しかし、ここまでしなければならない理由がある。
ホークは聖騎士の立場でありながら、先の事件で裏切り、敵に加担した。
そのような人物を絶対に逃がすわけにはいかない。
また、聖騎士の称号は剥奪されたものの、その力は未だ残っている。
フィリアに搬送して、正式な手順を踏まない限り、その力を奪うことはできない。
それ故の処置だ。
「俺の尋問かい?」
「……いいえ。それは、ホーク殿をフィリアに搬送して、力を奪った後に行われることになります」
「そいつはそうだな。今のままじゃ、落ち着いて話なんてできねえが。まあ、俺はもう暴れる気はねえけどな」
「そうなのですか?」
「もう目的は果たしたからな。連中からは、前払いで金をもらってる」
「……どうしてなのですか?」
ククルは悲しそうに寂しそうにしながら、身動きできないホークに問いかける。
「ん? なんのことだ?」
「どうして、このようなことをしたのでありますか?」
「言っただろ? 金のためさ」
「はい、聞きました。お嬢さんのためであることも聞きました」
「なら、今更なにを聞く?」
「どうして、このような方法を? 聖騎士であるホーク殿なら、もっと他にやりようはあったはずであります!」
感情を押さえることができず、ククルは声を大きくした。
そんな彼女を見たホークは苦笑いを浮かべる。
「……まあ、色々とあってな」
「ごまかさないでください!」
「ごまかすしかねえのさ」
そう言うホ―クはひどく神妙な顔つきをしていた。
そのまま、まっすぐにククルを見つめて、警告をするように言う。
「こんなことをしでかした俺が言っても信じてもらえんだろうが……一応、ククルの嬢ちゃんのことは気に入ってたぜ」
「……ホーク殿……」
「だからこそ、言うわけにはいけねえんだよ。言えば……巻き込むことになる」
「それはいったい……?」
「……さてな」
ホークはククルから視線を逸らした。
それから、二度と顔を合わせようとしない。
「さて、話はここまでだ。後はもう、なにもしゃべらないぜ」
「ホーク殿!」
「……」
宣言した通り、ホークはなにも言葉を発しない。
目も合わせない。
ククルは悔しそうに唇を噛む。
なぜかわからないが、ホークは自分のことを気遣っている。
それ故に、全てを話してくれない。
それはうれしいことだ。
しかし、頼りにされていないという証拠でもある。
そのことが悔しくて……
もっと強くなろう。
ククルはそう誓い、牢を後にした。
――――――――――
王との話を終えて客間を後にした。
学院の寮に戻るべく、城の外へ向かう。
「ねえねえ、アルト」
少し歩いたところで、ユスティーナがこちらの顔を覗き込んでくる。
その間も歩き続けていて……なかなか器用な真似をするな。
「寮に戻る前に、ごはんを食べていかない? たまには外食っていうのも、悪くないと思うんだ」
「そうだな……」
王からの話を考えないといけないが、すぐに答えが出そうにない。
頭を悩ませるよりは、少し息抜きをした方がいいかもしれないな。
「わかった。そうしようか」
「やったー! アルトとごはんデート♪」
「え? デートなのか?」
「当たり前だよ。ボク、女の子。アルト、男の子。そんな二人が外でおしゃれな店でごはんを食べるなら、それはもうデートと言うしかないよね!」
いつの間にかおしゃれな店ということが決定されていた。
まあ……別に反対というわけではないし、構わないか。
色々とあって、ユスティーナと一緒の時間を持つことができなかった。
彼女への恩返しというと大げさかもしれないが、おしゃれな店でごはんを食べたいというのならば、それくらいは叶えてみせよう。
「とはいえ、俺、そういう店に詳しくないんだよな……すまない」
「ううん、大丈夫。こんなこともあろうかと、ボクが調べておいたから」
「手際がいいな」
「ボクの頭の9割は、アルトのことを考えているからね!」
勉強のことも考えてほしい。
「いくつか候補があるんだけど、どんな店がいい? お肉とかお魚とかパンとか……あと、辛いのとか甘いのか、なんでもいいよ」
「俺はなんでもいけるから、ユスティーナが……ん?」
どこかぼーっとした様子のククルを見かけた。
まだ王城内ではあるが、聖騎士という彼女の立場を考えれば、ここにいてもおかしくはない。
「ククル」
「アルト殿……それに、エルトセルクさんも」
「どうしたんだ? なにやら浮かない顔をしているが」
「それは……」
ククルは困った様子で目を逸らす。
気になるのだけど……ユスティーナと約束をしたばかりなのに、他の女の子に声をかけるのはどうなのか?
俺は朴念仁ではあるが、それくらいの配慮はできる……つもりだ。
「……ねえねえ、ククル。ボクたち、今からごはんを食べるんだけど、よかったら一緒しない?」
え? と驚いてしまうようなことをユスティーナが言うのだった。
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