156話 後悔
ヒュドラの体が、端の方から色が変わっていく。
燃えた炭のような灰色になり、それが全身に広がる。
やがて風に飛ばされて、ゆっくりと体が崩れていく。
どこか儚い光景であり、敵なのだけど胸が締め付けられる思いがした。
「くっ……」
ほどなくして、アベルの姿が現れる。
ただ、その体はボロボロだ。
ヒュドラと同じように、体のあちらこちらが炭のようになっていて、風で散り始めている。
いつかのテロリストと同じだ。
竜の心核を利用すれば大きな力を得ることができるが、それは諸刃の剣だ。
制御に失敗すれば化け物と成り果てるし、そうでなくても、長時間使用すれば肉体も魂も耐えられず、砕け散る。
アベルも例外ではない。
まだ意識はあるみたいだけど、それも時間の問題だろう。
すでに手足の先から崩壊が始まっていた。
「終わりだな」
「くっ……!」
アベルは忌々しそうにこちらを睨みつけて、
「……あーあ、負けちゃったか」
すぐに負の感情を消して、見た目相応らしく、無邪気に言う。
そのまま仰向けに寝て、空を見上げる。
「あれだけの準備を整えて、綿密な計画を立てて……いけると思ったんだけどなあ」
「そのようなことは許さないさ。絶対に」
「やっぱり、最大の障害はアルトさんだったかぁ」
体が崩れ始めているというのに、アベルはひどく穏やかな顔をしていた。
ゆっくりとした調子で語り続ける。
「ほら、アルトさんって勲章を授かったりしたでしょ? で、リベリオンじゃないけど、他の似たような組織を潰した。だから気になって、色々と調べたんだよね。そうしたら、調べれば調べるほど、竜じゃなくて、アルトさんが最大の障害になるって感じたよ」
「だから、味方にしようとしたのか?」
「うん。最大の障害が味方になれば、これ以上ないほど頼もしいからね」
「どうして、そこまで俺を評価する?」
「……どうしてだろうね」
アベルは遠い目をした。
昔を懐かしんでいるようでもあり、過去の失敗を悔いているようでもある。
「やっぱり……アルトさんがうらやましかったのかもね」
「うらやましい?」
「アルトさんは竜としっかりとした共存関係を築いた。一方の僕は、大失敗だ。でも……どこかで、アルトさんに憧れていたのかもしれない。羨んでいたのかもしれない。僕もあんな風になれたら……って」
「なら、そうなればよかっただろう。アベルはまだ子供なんだ。いくらでもやり直しはきく」
「そうだったらよかったんだけどね」
自嘲めいた笑みがこぼれている。
自分は変わることはできない、どうあっても同じ道を辿る。
そんなことを思っているのかもしれない。
「一つ、聞いてもいいかな?」
最後のお願いというように、アベルが問いかけてきた。
俺は口を閉じたまま、小さく頷く。
「僕は……どうすればよかったと思う?」
「それは……」
「今更ながら、自分の行動に迷っているんだよね。こうして、竜を排除しようとすることが正しかったのか……それとも、アルトさんのように、受け入れるべきだったのか。最後の最後で、迷っちゃったよ」
「……」
この事件については、もう終わりが見えている。
アベルは死が目の前。
だから、意味なんてないのかもしれない。
ただの自己満足なのかもしれない。
それでも、言わずにはいられなかった。
「迷うっていうことは、正しいことではなかったんだろうな」
「……やっぱり、そう思う?」
「アベルを裏切った竜を許す必要はないと思う。ただ、その一件だけで全てを敵と決めつけるのは、やりすぎだ」
「……」
「俺たちは……誰かと手を取り合うことができる。言葉を交わすことができる。想いをぶつけることができる。だから、アベルは……」
「うん……そこまででいいや。アルトさんの言いたいことは、なんとなく理解したよ」
アベルは晴れやかな顔をしていた。
目の前に死が迫っているというのに、恐怖は欠片も感じられない。
「僕、間違っていたのかな……?」
「そう思うのなら……そうなのかもしれない。少なくとも、俺は認めない」
「うん、そうだね。アルトさんはそういう人だ」
アベルは、ゆっくりと目を閉じて、
「……ごめんね」
最後に一言、謝罪の言葉を残して……そのまま消えた。
――――――――――
「っ!? この感覚は……」
街の外で陽動を続けるイヴは、竜と竜騎士と互角以上に渡り合っていた。
彼女もまた、複数の竜の心核を宿している。
その力は圧倒的で、獅子奮迅の活躍を見せていた。
「……アベルが倒れましたか」
仲間の死を感じ取り、イヴはわずかに顔をしかめた。
組織で行動を共にするだけで、私生活の付き合いは一切ない。
アベルの事情は簡単には聞いているが、深い話は知らない。
それだけの相手。
でも、パートナーとして行動を共にしてきた。
少しではあるが、一緒の時間を過ごしてきた。
そのことが、イヴの心に小さな傷を作る。
「仇を……といきたいところですが、さすがにそれは無理ですね」
万を超える軍を集めたものの、アルモートの正規軍に勝利することは難しい。
こちらはただの陽動であり、実のところ、数だけで大した戦力はない。
内部崩壊を狙うアベルが失敗した以上、こちらもほどなくして戦線が崩壊するだろう。
「これ以上は無駄な被害を増やすのみ、ですか……」
作戦を成功させることができず。
パートナーの仇を取ることもできない。
なかなかに悔しい状況であり、普段は冷静な姿を見せているイヴも、この時ばかりは顔を歪ませた。
ただ、すぐに感情を消す。
唇を噛んで、その痛みで耐える。
傭兵や魔物などは知った限りではないが……
同じ組織の部下たちは、自分が守らなければならない。
逃走ルートを用意しなければならない。
感情的にならず冷静に。
イヴはそう自分に言い聞かせて、部下を呼び、撤退指示を出す。
「この借り……いつか返させてもらいますよ」
イヴは王都の方を睨みつけた後、踵を返して、その姿を消した。
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