149話 信じられないだけ
「……とまあ、そんな感じかな?」
辛い過去のはずなのに、アベルは飄々と話をしている。
時折、笑みすら浮かべていた。
あの頃は幼かった、というような感じの苦笑だ。
家族を失ったというのに、どうしてそんな風に話すことができるのか?
彼のことがわからない。
「反竜を掲げる者としては、わりとありきたりな理由でしょ? あ、でも、竜が憎いとか復讐をしようとか、そういうことを考えているわけじゃないんだよね。そこは誤解しないでほしいかな」
「どういうことだ?」
「前も言ったでしょう。竜はいずれ、人の世界を壊す」
確かに聞いた。
その言葉の意味を、今、考えるのならば……
「……同盟を結んでいる竜は、いずれ、人に牙を剥く? アベルは、そう考えているのか?」
「正解。さすが、アルトさん。頭の回転が速いね」
「えっと……つまり、どういうこと?」
ユスティーナはしっくりくる考えが持てないらしく、頭の上にハテナマークをいくつも浮かべて小首を傾げていた。
「つまり……アベルは竜を信用していないのさ」
「信用していない?」
「今は同盟を結んでいても、いずれ裏切るに違いない。人に牙を剥くに違いない。そう考えているから、反竜組織に加わった。危険性を説いて、人と竜を引き離す……そのための活動をしている、そんなところだろう」
「えー、なにそれ!? ボク、アルトを裏切ったりなんてしないよ! むしろ、ずっとくっついていたいくらいなのに」
ユスティーナは子供のように頬を膨らませつつ、抗議をする。
その言葉に嘘偽りはないだろう。
彼女はとてもまっすぐな心を持っていて、俺を騙すようなことは絶対にしないと断言できる。
ただ……アベルからしてみれば、それは信じられないのだろう。
口ではなんとでも言える。
いずれ裏切るに違いない。
そんなことを考えているのだと思う。
「まあ、僕も全ての竜が裏切るとは思っていないさ。ある日、一斉に反乱を起こして、人間に襲いかかってくる……なんて、他のメンバーがよく言うことだけど、さすがにそれはないだろうね」
「なら、どうして?」
「一部の竜は、間違いなく人間を裏切るからさ」
そう言うアベルの顔には、確信めいたものがあった。
「竜は高潔な魂を持っていると言われているけど、そんなことはないよ。人と同じさ。まともなヤツがいれば、ロクでもないヤツもいる」
「だから、一部が裏切ると?」
「そう。人間が犯罪を働くように、一部の竜も暴君になるよ。厄介なことに、竜は僕ら人よりも遥かに強い力を持っている。そんな相手が暴れたら? とんでもない被害が出るだろうね」
「だから、人の世界を壊す……か」
アベルを肯定するわけではないが、全てを否定することはできない。
歴史を振り返ると、暴挙に出た竜は確かに存在するのだから。
「さて、これで僕の思想を理解してくれたかな? その上で、改めて問いかけようか。アルトさんは、竜と共存することが正しいと思うかい? 僕たち人と同じくらい不完全な存在で、そのくせ、力だけはある。そんな連中と一緒にいるなんて、おかしいと思わない?かい」
「思わないな」
即答する。
断言する。
アベルがどんな話をしようが、それに心が動かされることはない。
「……僕の話、聞いていなかったのかな?」
「ちゃんと聞いていた。その上で、否定させてもらう」
「まったく……竜の王女に気に入られているからか、アルトさんは竜を信じすぎていると思うよ? そんなんじゃあ、いつ痛い目にあってもおかしくないと思うけど」
「その時はその時だ」
怪訝そうな顔をされてしまう。
それもそうだろう。
今の発言は、アベルの言葉を完全に否定していないものだから。
「アルトさん、言葉が矛盾していない? そういう言い方だと、いつか裏切られるという可能性を考えているじゃないか」
「そうだな。その可能性は否定はしないが……言い方の問題だな。確かに、竜が人に牙を剥く可能性はある。でも、そんなことはないと、俺は竜を信じているし……いつか敵になると疑い、排除しようなんてことは考えない。俺は、信じることができる」
「……へぇ。その言い方だと、僕がなにも信じていないみたいだね」
「実際、そうだろう?」
挑発めいた流れになってしまうが、それでも言わずにはいられなかった。
そのことを、アベルが自覚しているのかいないのか、それはわからないが……
好き勝手に主張を並べるのならば、俺も好き勝手に言わせてもらおう。
「アベルの過去には同情する。信じていた相手に裏切られたことは辛いだろう。ただ、自分が裏切られたからといって、他も裏切ると決めつけるな」
「……」
「アベルは裏切りの可能性を考えているわけじゃない。根本的に、違うベクトルの話だ。裏切りを警戒しているわけじゃなくて、ただ単に、信じていないだけだ。過去の経験から、信じることができなくなっているだけだ」
「……れ」
「再び裏切られることを恐れて、傷つくことを恐れて……だったら、最初から信じなければいい。そんな極論を自分にあてはめて、周囲に当たり散らしている。見たまま、子供だよな」
「……黙れ」
「自分が信じられないからといって、それを他人に押しつけるな」
「黙れぇっ!!!」
アベルの顔から余裕の色が消えた。
感情のままに叫び、こちらを睨みつけてくる。
「勝手に僕の心に入ってくるな! 僕をわかったつもりになるな!」
「なにもかもわかったような顔をして、あれこれと語るのに……自分のことになると、途端に余裕がなくなるんだな」
たぶん、俺の言葉がアベルの心の痛いところを突いたからなのだろう。
裏切られたから信じることができず、再び傷つくことを恐れている。
それは、言い換えれば心の弱さだ。
俺は決して恥と思わないが、人によっては、耐え難い弱点と感じるだろう。
アベルもその一人なのだろう。
だから、ここまでの怒りを見せている。
途端に余裕をなくしてしまい、取り乱している。
人は誰しも、弱い部分を持つからな。
一人でいると、なおさら、その部分が大きくなる。
「さて……互いに言いたいことは言い終えた感じだな? やはりというか、俺たちの道は交わらない。だから……」
「いいよ、決着をつけようか」
いくらか落ち着きを取り戻した様子で、アベルは静かに言う。
ただ、乱れた心が完全に平静を取り戻すことはなくて、表情に怒りがにじみ出ている。
心に踏み込まれたこと、よほど頭に来ているらしい。
ただ、それはそれで予想通り……というか、あえて狙ってやったことだ。
アベルは強い。
竜の心核の力を複数取り込んでいるというのもあるが、それだけではなくて、戦闘技術もかなりのものだ。
そんなアベルを倒すとなると、正攻法は難しい。
ユスティーナ以上の力を持っているというし、二人がかりで挑んでも敵うかどうか。
ならば、動揺を誘い、動きを鈍らせる……あるいは、読みやすくするしかない。
そのために、あえてあんな言葉を挑発的にぶつけた。
少々、卑怯かもしれないが……
これは決闘でも試合でもなくて、命を賭けた戦いだ。
そこにルールなんてものはないし、どんなことをしたとしても、最後に立っている者こそが勝者となる。
アベルは、今回の事件の首謀者の一人だ。
あるいは、全てを計画した主犯か。
そんな彼を無力化すれば、事件を終わらせることができる。
そのためならば、どんなことでもする。
「今度こそ、決着をつけようか」
「僕は負けないよ……アルトさんを倒して、竜の王女を倒して、僕が願うことをやるだけさ」
「それができるというのなら、やればいいさ。ただ……」
「ボクたちは、全力で止めるけどね!」
俺が構えると、隣のユスティーナも拳を構えた。
動きも息もぴったりだ。
二人で一人。
そう言っているみたいで、こんな時だけどうれしいと思う。
「行くぞっ!!!」
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