148話 裏切り
「それでね、今朝はお父さんとお母さんのお仕事の手伝いをしたんだ。色々な荷物を運んで、商品を並べたんだよ」
「ふむ」
「でも、それで終わり。ホントは、そのまま店番とかもやりたかったんだけど……そこはまだ、任せてもらえないんだ」
「ふむ」
「お父さんもお母さんも、僕を子供扱いして困るよ。僕はもう、一人でなんでもできるんだから」
「ほう」
アベルは竜に寄りかかりながら、あれこれと話をする。
そんな彼の話に静かに耳を傾けて、竜は淡白な相槌を間に挟む。
話を聞いていないわけではない。
むしろ、しっかりと聞いている。
ただ単に、そういう性格なのだ。
アベルは、竜のことをそういう風に判断していたため、特に気にすることはなく、そのまま話を続ける。
……傷ついた竜と出会い、2週間ほどが経っていた。
店のポーションを勝手に持ち出すなどして、子供にできるギリギリの範囲で、懸命な介護をした。
アベルは両親の説教を食らうことになったものの……
結果、竜は一命を取り留めることに。
2週間経った今。
まだ飛ぶほどの体力はないが、こうして話をできる程度には回復した。
「そういえば、ルオンはどうしてこんなところに?」
先日、教えてもらった竜の名前を口にする。
幼い故に、竜にとって名前はとても重要であることを、アベルは理解していない。
普通に名前を呼んでいた。
ただ、竜はそれを正す気はないらしい。
命の恩人故に、それほどに心を許しているのか。
あるいは、ただ単に訂正するのが面倒なだけなのか。
「……」
「あ、言いづらいことなら、無理して言わなくてもいいよ」
「いや……同胞と仲違いをしてな」
「ケンカ?」
「……そのようなものだ」
「そっか、ケンカは辛いね」
アベルは、少し前に友達とケンカをしたことを思い返した。
あの時は、仲直りに一週間ほどかかった。
ルオンはどうなのだろうか?
仲直りしたのか、それとも、まだ仲直りできていないのか?
「僕がいるから」
「む?」
「ルオンは一人じゃないよ。今は、僕がいるから。だから、元気を出して」
それは、アベルの精一杯の優しさだった。
「……うむ」
そんな想いが伝わったらしく、竜は満足するような声をこぼした。
――――――――――
「まいったな」
6歳の誕生日。
アベルは荷物袋を手に、街の中を駆けていた。
せっかくの誕生日なのに、両親におつかいを頼まれたのだ。
取引のある客のところへ、代わりに配達をすることに。
「まったく……こんな日に、僕に用事を頼まなくてもいいんじゃないかな?」
アベルはぶつくさと文句を言うが、本当は、両親や親戚達がサプライズパーティーをするために、わざと外に出したということを知らない。
「まあ、いいや。帰ればごちそうやケーキを食べられると思うし……あ、そうだ。せっかくだから、後でルオンにもケーキを分けてあげよう。竜でもケーキは好きだよね。甘いものはみんな好きさ」
アベルはごきげんな様子で配達を終わらせて、急いで家に帰る。
そこで見たものは、
「ただ……い、ま……?」
血まみれで倒れている両親と親戚達の姿だった。
その中心に、体中を返り血で赤く染めた男がいる。
見たことのない男。
でも、アベルはすぐにわかった。
「……ルオン?」
「む……?」
アベルの推測が正しいというように、血に濡れ、人に変身した男……ルオンは小さな声を漏らし、振り返る。
「……アベルか」
「え? その姿は……え? それよりも、みんなが……」
家に帰れば、家族が血まみれで息絶えているなんて、誰が想像できるだろうか?
ましてや、アベルは6歳の子供だ。
衝撃的な光景をまともに受け止めることができず、ひたすらに混乱してしまう。
「これ、は……ルオン……が?」
現場に一人残された、強力な力を持つルオン。
その彼の手は、血で汚れている。
無関係と思うことはできない。
むしろ、当事者であると考えることが自然だ。
「……そうだな」
ためらうような間を挟んだ後、ルオンは小さく頷いた。
「お父さん……? お母さん……?」
アベルは、震えながら床に倒れる父と母のところへ。
体を揺するものの、反応はまったくない。
すでに体が冷たくなっていることを確認するだけとなる。
「なんで……?」
「元よりこうするつもりだった」
ルオンはアベルを見る。
その瞳は無機質で、凍えるような感情が宿っていた。
「俺は追われる身だ。故に、誰にも知られてはならない」
「お父さんとお母さんは……」
「アベルが俺のことを話したかもしれない。故に、始末した」
「そんな、ことは……」
「そして……アベル。お前も消す」
ルオンが手を振り上げる。
ビリビリと震えるほどの殺意を感じられた。
それは、彼が本気であるという証拠。
それでも、アベルは希望を捨てずにはいられない。
「僕たち……友達じゃないの?」
「お前が勝手に口にしていたことだ」
「……そっか」
なんとも思われていなかった、騙されていた、裏切られた……それらの事実がアベルの心を蝕み、壊していく。
こんな心があるから辛い。
苦しい思いをする。
「なら……心なんていらない」
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