147話 歪み
「ユスティーナ!」
「あうっ」
吹き飛ばされたユスティーナの進路方向に飛び、なんとかキャッチした。
「あ、ありがとう、アルト……」
「怒る気持ちはわからないでもないが、それでも落ち着くんだ。頭に血が上った状態で勝てるような相手じゃない」
ユスティーナをそっと地面に下ろしてから、アベルを睨みつける。
服に隠されていてわからなかったけど、その体には竜の心核が埋め込まれている。
しかも一つじゃない。
反対側の脇腹や胸の辺りなど、複数の心核が見える。
「お前、いったいいくつの心核を……」
「うーん……まあ、サービスっていうことで教えてもいいかな? 竜の心核は、全部で七つ、使っているよ。つまり、今の僕は、竜七匹分の力を得ているっていうことだね。単純な足し算じゃなくて、乗算になるから、その力は神竜も超えている、っていうわけさ」
「それだけの数を、いったいどこで手に入れた?」
「さすがに、それは教えられないかな。一応、僕にも仁義っていうものはあるからね」
それはつまり、仁義を通さないといけないような相手、ということか?
……いや、今の言葉だけで決めつけるのは早計だな。
今はなんとも言えない。
後でしっかりと調べる必要があるだろう。
「反竜組織なのに、竜の力を利用するんだな」
「そうだね。僕らにとって、確かに竜は排除する存在だ。でも、地力の違いがありすぎるからね。竜には竜の力を。対等に戦うために、やむを得ず、心核を利用しているというわけさ。できることなら、僕らだけの力で事を成し遂げたいんだけど……悔しいけど、それはまだ難しいからね」
そう言うアベルは、本当に悔しそうな顔をしていた。
いつも飄々としているところがあるが、この時は強い感情をにじませていた。
いったい、なにがそこまでアベルを駆り立てているのか?
どうして、竜を敵と断定して、排除しようとするのか?
どうしても、そのことが気になる。
「一つ、不躾なことを聞きたい」
「うん? なにかな?」
「どうして竜を憎む?」
「……」
「心核から力を得る技術は、たぶん、なにかしらのデメリットはあるんだろう? 力を得られるだけで悪影響はない……得られる力を考えても、そんなうまい話はないはずだ。そのデメリットを犯してまで、こんな事件を起こす。よほど強い動機がなければ、そんなことはできないだろう。その動機が知りたい」
「……そんなことを知って、どうするのかな? もしかして、今からでも仲間になってくれるかな?」
「それはない」
アベルの仲間になるという選択肢は、1パーセントもない。
ただ……アベルのことを知りたいと思ったのだ。
竜を排除するという思想を持つ。
だから敵。
敵は排除しなければならない。
そんな考えは、アベルとまるで変わらないじゃないか。
敵だからという理由で理解することを拒むのではなくて……
可能ならば、相互理解に務めたいと思う。
その上でわかりあえないのならば、後は戦うだけだ。
「うーん、そうだなあ……まあ、アルトさんが知りたいのなら、教えてもいいかな?」
「アルトっ、こんなヤツの話なんて……!」
「ごめん。知る機会があるのなら、俺はそれを逃したくない。敵だとしても、耳を傾けたいと思う」
「……もうっ、アルトってばお人好しなんだから。でも、そんなところがアルトらしいのかもね。うん、いいよ。ボクはアルトの言うとおりにするから」
ユスティーナが納得してくれてよかった。
本当は、色々と思うところがあるだろうに……
たぶん、俺のために思いを飲み込んでくれたのだろう。
全部片付いたら、お礼をしないといけない。
「アルトさんは、僕のことはどれだけ知っているかな? あ、経歴のことね」
「フィリアの商人の息子。6歳の時に、家族親戚、全て死んで……それから6年、姿を消していた。知っていることはそれくらいだ」
「どんな予想をしているのか、教えてほしいな」
「ありきたりな回答になると思うが……家族や親戚の死が関係している?」
「正解」
アベルは静かに肯定した。
その顔に笑みはない。
当時を思い出しているのか、あるいは、別のことを考えているのか……
一切の感情が見られない。
「僕の家族は、竜に殺されたのさ」
――――――――――
アベルは、フィリアで商店を営む両親の元に生まれた。
三つ年上の兄とは仲が良くて、いつも一緒に遊んでいた。
親戚も多く、遊び相手には困らない。
決して裕福とは言えないが……
それでも大事な人たちが傍にいて、幸せな日々を過ごしていた。
その幸せは6歳の時に終わりを告げる。
フィリアは神を信仰する国で、アルモートのように竜を友人として見ていない。
それでも、敵視をするということはない。
竜は理知的であり、非常に高潔な精神を持っている。
また、アルモートのように、人と共に歩むという実例が確認されている。
そのため、フィリアでは竜を信仰することはないが、敵対もしていない。
どちらかというと放置に近い感じで、なにかあれば接触、対話をするという流れとなっている。
そんなフィリアで生まれ育ったアベルは……
6歳の誕生日を迎えようとしていた、一ヶ月ほど前に、傷ついた竜と出会うことに。
その日、アベルは一人で街の外にある森を訪れていた。
街の外ではあるが、フィリアは他国と比べて結界の範囲が広く、魔物が出現することはない。
そのような地域には絶対に行かないように、厳しく両親から躾けられていたため、勝手をすることもない。
森に来たのは、商売で使う薬草を集めるためだ。
6歳ながらも両親の力になりたいと思い、たまに森に出て、薬草の採取などを行っている。
いつものことであり、当たり前のこと。
その日も何事もなく、薬草を採取するはずだった。
しかし、現実はそうはならず……
アベルの人生の全てを決める、ターニングポイントとなる。
「え……?」
薬草を採取するために森に入ったアベルは、ぽかんとした。
嵐に遭ったかのように、複数の木々がなぎ倒されていたのだ。
もしかして、魔物だろうか?
悪い想像をして震えるアベルだけど、好奇心が勝り、なにが起きているのか確かめようと奥に進む。
そこで……アベルは傷ついた一匹の竜と出会った。
「竜……なの?」
なぎ倒された木々の終着点に、竜が横たわっていた。
いったいなにがあったのか、体のあちこちが傷ついていて、血が大地に染み込んでいる。
ひどく弱っている様子で、呼吸は浅くゆっくりだ。
どうしよう? とアベルは迷う。
竜のことはよく知らないから、下手に関わらない方がいいかもしれない。
ただ……竜であれなんであれ、弱っている相手を見捨てることが、正しいことなのか?
神を信仰するフィリアの民として、それは正しいことなのか?
「あの……大丈夫?」
迷った末に、アベルは恐る恐る竜に声をかけた。
それが間違いであるとは知らず、竜に接することになる……
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