146話 研究の成果
ちらりと隣を見て、ユスティーナと視線を合わせる。
こちらの意図をすぐに汲んでくれて、「了解」と言うように、彼女は小さく頷いた。
さすがというか、なんというか……とても頼りになる。
「いくよっ!」
まず最初にユスティーナが駆けた。
小細工なしの真正面からの突撃。
単純ではあるが、それ故に威力は高い。
ただの人であるアベルに、それを受け止めることはできない。
できないはずなのに……
「えっ!?」
アベルは片手で槍を掴み、もう片方の手でユスティーナの拳を受け止めていた。
普通なら、防御ごと手が砕かれてしまうのだけど、そんな様子はない。
「やはり……か」
竜の拳を、生身の人が受け止めるという、ありえない光景。
それを、俺はある程度予想していた。
戦闘技術はともかく、俺の身体能力はそれなりに鍛えられているはずだ。
それなのに、あっさりと力負けしてしまうなんてこと、ありえない。
導き出される答えは一つ。
ククルのように、なにかしらの力を授かっているのか、詳細はわからないのだけど……
アベルもまた、人を超えたところに位置しているのだろう。
反竜組織の幹部と聞くし、子供であったとしても、それくらいの力は持っていてもおかしくはないか。
「アルト、あいつ、すっごく固いよ!?」
ユスティーナが戻ってきて、そんなことを言う。
アベルの力を確かめるために、あえて突撃してもらったのだけど……
彼女も衝撃的だったらしく、かなり驚いている。
「なにかしら、仕掛けがあるんだろうな。一人は危険だ。二人でいこう」
「うんっ、りょーかい!」
今度は二人で突撃をする。
俺は右から、ユスティーナは左から。
途中で進路を切り替えて、挟み込むようにアベルを叩く。
「打ち合わせをする時間なんてなかったと思うんだけど……アルトさんも竜の王女さまも、どうしてそんなに息ぴったりなのかな?」
「ふふーんっ、ボクとアルトは運命の赤い糸で結ばれているからね! 口に出さなくても、想いは伝わるんだよ」
それは言い過ぎだ。
とはいえ、あながち外れとも言えない。
ユスティーナと出会ってから今に至るまで、ずっと一緒に過ごしている。
部屋も同じだ。
そんな時間を送っているため、言葉を口にしなくても、ある程度は相手の考えていることはわかるようになっていた。
「ユスティーナ!」
「うんっ!」
左右からアベルを押し込んでいく。
アベルは両手を防御に回していて、反撃は不可能のはずだ。
薄い期待かもしれないが……
できることならば、このまま押し切りたい。
無理だとしても、アベルの力の源を探りたい。
「なかなか……やるねっ! これは、竜の力だけじゃないね。二人で動くことで、何倍にも力が跳ね上がっている……絆の力と言うべきかな? さすがだよ」
「敵対している相手を、素直に褒めることができるんだな」
「僕は、そんなにひねくれていないからね」
「ひねくれていない人間が、こんな事件を起こすもんかぁーっ!」
ユスティーナが力強く叫び、拳を押し通す。
アベルの身体能力は驚異的ではあるが、さすがに、長時間、竜と力比べをして勝てるほどではないみたいだ。
小さな体がぐらりと揺れる。
その隙を見逃すことなく、槍を回転させて叩く。
「なに……?」
槍の尻部分がアベルの脇腹を捉えた。
ただ、手応えというものが感じられない。
それだけではなくて、ギィンッ、と鉄を叩くような音が響いた。
アベルは鎧を身に着けていない。
だとしたら、中に鎖帷子でも着込んでいるのだろうか?
いや。
今の感触は、鎖帷子などの防具とは思えない。
「おっと、危ないなあ」
アベルが後ろに跳んで距離をとる。
その顔はニヤニヤと笑っていて、隠し事をしている子供みたいだ。
「もしかして……」
「うん?」
「お前……体になにか埋め込んでいるのか?」
「おっ」
アベルは目を丸くして驚いた。
それから、心底感心するような感じで、パチパチと拍手をする。
「すごいね、アルトさん。まさか、今のやりあいだけで僕の秘密に気づくなんて……その鋭い観察眼は、どこで得たの?」
「俺もそれなりに修羅場をくぐり抜けているからな」
「なるほどね。まあ……せっかくだから、教えてあげようかな。僕の力の秘密は……コレさ」
アベルは楽しそうにしつつ、服をまくりあげる。
「なっ……!?」
隣のユスティーナが絶句した。
それも当然だ。
アベルの体に……竜の心核らしきものが埋め込まれていたのだから。
「コイツが、僕の力の正体さ」
「お前、それは……?」
「アルトさんたちは、前にゼノとやりあったでしょう? ゼノは、魂を抜き取る研究をしていたけど……これは、その技術をさらに発展させたものさ。というよりは、ゼノの研究がこのためにあった、と言うべきかな? 竜の心核を取り込み、その力を己のものとする……これは、仲間から受け継いだ研究の成果なんだよ」
アベルが誇らしげに言うけれど……
つまり、それは、竜の魂を好き勝手に扱い、冒涜しているということじゃないか。
なんて、おぞましい。
竜の力を自分のものにしたい。
そう考える人は、多少なりとも存在しただろう。
だからといって、それを本気で願い、そのためにありとあらゆるものを犠牲にするような研究をするなんて。
無茶苦茶だ。
他の生き物の魂を弄ぶなんて……人としてやってはいけないことだ。
人の心が残っているのなら、普通はそんなことはできない。
アベルは、悪魔に魂を売り渡しているのだろう。
なにが、彼をここまでさせてしまうのか?
「それを……みんなの魂を……」
ユスティーナが激しい怒りを見せて、一歩、前に出る。
「返せぇえええええっ!!!」
仲間の魂を弄ばれたことで、さすがのユスティーナも本気で怒ったらしい。
強く叫びつつ、全力で突貫する。
しかし、
「うあっ!?」
アベルのカウンターで、ユスティーナは弾き飛ばされてしまう。