142話 裏切り者
複数人の憲兵隊をまとめて薙ぎ払うように、巨大な戦斧が薙ぎ払われる。
それを、憲兵隊は不思議そうな顔をして見つめることしかできない。
反応できないという理由もあるが……
それ以前に、なにが起きているか、まったく理解できない。
なぜ、自分たちが攻撃されなければいけないのか?
なぜ、聖騎士であるホークがそんなことをするのか?
わけのわからないまま、彼らの命は散ることに……
「はぁっ!!!」
「っ!?」
ならない。
巨大な戦斧を受け止めたのは、巨大な剣だ。
それを支える者……ククル。
「ククルの嬢ちゃん!? どうして、ここに!?」
「まさか、とは思っていたのですが……本当に、ホーク殿は裏切り者なのですね」
ククルは悲しそうな顔をしつつ、それでいて油断なく、巨大な剣を構える。
それを見て、すぐに動揺を鎮めたホークは、同じく己の武器を構えた。
「ここは自分に任せて、あなたたちは別のところへ」
ククルはホークを睨みつけたまま、憲兵隊にそう言う。
「し、しかし……」
「お願いします」
「……わかりました。お気をつけて」
自分たちが残ったとしても、足手まといにしかならないだろう。
そう判断した憲兵隊のメンバーは、この場を後にした。
ホークはその背中を追うようなことはしない。
本当なら追いかけて、切り捨ててしまいたいのだけど……
そんなことはククルが許さないだろう。
それに、下手に隙を見せてしまえば、その瞬間、バッサリといく。
「なんで、俺のことに気づいたんだ?」
「ホーク殿の裏切りの可能性を考えたのは、アルト殿であります」
「エステニアが?」
「以前の囮作戦は、自分をアルト殿たちに信用させるための芝居。アベルと戦い、さらに傷まで負えば、疑われる可能性は限りなくゼロに近くなる。そうでありますね?」
「すげえな……ククルの嬢ちゃんは、人の心が読めるのか?」
「言ったであります。これは全て、アルト殿の発案であると」
竜友祭が始まる前……
アルトは、ホークについてククルに尋ねていた。
囮作戦の時、ホークとアベルは苛烈な戦いを繰り広げていたが……しかし、アルトには本気に見えなかった。
例えるなら、刃を落とした剣などで全力で戦うだけ。
それなりの迫力は出るものの、ギリギリのところで命を賭けた時にだけ生まれる、独特の緊迫感に欠けているような気がしたのだ。
その違和感はずっと消えることなく、むしろ、時間が経つにつれて大きくなる。
そしてアルトは、ホークはなにかしら隠しているかもしれない、と考えるように。
それがなんなのか、詳細はわからない。
しかし、常に最悪の事態を想定しておいた方がいい。
物事を過小評価して痛い目に遭うなどすれば、まったく笑えないのだから。
そして、アルトに頼まれて、ククルは学院の防衛をある程度行った後、街に出てホークの動向を見張ることにした。
最悪の場合、ホークと戦うことになる。
聖騎士に対抗できるのは聖騎士だけ。
故に、ククルが選ばれた……というわけだ。
「なるほどねえ……まいったな。ただの坊やかと思っていたが、なんて鋭い洞察力を持ちやがる。竜騎士じゃなくて、軍師を目指してもいいんじゃないか?」
「ホーク殿……あなたは、アベルに協力をしているんですね?」
「ああ、そういうことだ」
ホークはあっさりと認めた。
その返事を耳にしたククルは、悲しそうに顔を歪める。
ホークとは、それなりに長い付き合いになる。
一緒に戦うだけではなくて、時にミスをリカバリーしてくれるなどして助けてもらったことがある。
大雑把で豪快な性格をしているが、決して悪人ではない。
そんな評価を抱いていたのだけど……
「アルモートの王都は、他所よりも強力な結界が展開されています。それを短時間でくぐり抜けることは不可能です。あらかじめ、時間をかけて忍ばせておかなければいけない。魔物を内部に侵入させたのは……ホーク殿の手引によるものですね?」
「ああ。そいつも認めるさ」
「アベルと一緒にアルモートを狙い、竜騎士学院の襲撃に加担した。これも……間違いないですね?」
「全部、認めるよ。ククルの嬢ちゃんの考えていること、ほぼほぼ正解だろうな」
「なぜ!?」
耐えきれないという様子で、ククルは大きな声をあげた。
「どうして、このような真似をするのありますか!? どうして、自分たちを裏切るようなことを……」
「……悪いな」
思わず涙目になるククルを見て、ホークはもうしわけなさそうにつぶやいた。
適当に言っているわけではなくて、心からの謝罪に見える。
その証拠というべきか、ホークは困ったような顔をしている。
「本当なら、ククルの嬢ちゃんや他の仲間と一緒に、聖騎士を続けられたらよかったんだが……そういう道は、俺にはなかったらしい」
「だから、どうしてなのですか!?」
「金がいるんだよ」
「お金のために、自分たちを……?」
「そういうことだ」
一瞬、ククルは激情に囚われて、力任せにホークに斬りかかろうとした。
しかし、すんでのところで感情を抑え込む。
それと同時に、ふと思い出した。
「確か……ホーク殿は既婚者でありますね?」
「まあ、そうだな」
「そして、子供もいる。かわいい女の子だと、いつもデレデレと話していましたね」
「あー……その時の俺はちと情けないから、できれば忘れてほしいが」
「お金のためというのは、奥様か子供が関係しているのですか?」
「……そいつもエステニアの推理かい?」
「いいえ。これは、自分の勘です」
ホークは仁義に厚い男だ。
例え、山程の金貨を積まれても、仲間を裏切るようなことはしない。
ククルは、彼のことをそう評していた。
そんなホークが裏切るとしたら、どのような状況か?
醜い欲望に飲み込まれることはない。
しかし……家族のためだとしたら?
そう考えると、納得できるのであった。
「教えてください。なぜ、裏切るようなことに?」
「そんなこと、聞いても仕方ないだろ? もう、あれこれとやらかしちまった後だ。今更、後戻りはできないさ。説得するつもりなら、諦めた方がいい」
「自分が納得したいのです」
「やれやれ……ククルの嬢ちゃんは、意外とわがままだったんだなあ」
そんな台詞を口にしながらも、ホークは温かい表情をしていた。
彼もまた、ククルのことを単なる仲間としてだけではなくて、妹か娘のように思っていたのかもしれない。
「……娘のためさ」
「娘さんの?」
「ちと、厄介な病気にかかっちまってな。莫大な治療費が必要なんだ。だから、金を得るために、俺はククルの嬢ちゃんたちを裏切ることにした」
「どうして、相談してくれなかったのですか……?」
「相談しても、どうしようもないくらいの額なんだよ。悪魔に魂でも売らない限り、助けることはできないだろうと、治癒師に言われてな。だから……俺は、悪魔に魂を売ることにした」
ホークは武器を構え直して、強烈な闘気を放つ。
殺気が混じっていて、常人ならばその場にいるだけで気絶しているだろう。
「同情してもいい。罵ってもいい。ただ、俺は、一度歩き始めた茨の道を突き進む覚悟がある。今更、それ以外の道を進むつもりはない。金のために……俺は、全てを捨てる」
「……わかりました」
ククルは涙を指先で拭い、それから武器を構え直した。
心が静かに研ぎ澄まされていき、視認できるほどに強烈な闘気が放たれる。
「ならば、自分は自分の役目を果たすまでであります。ホーク殿、覚悟してください」
「そいつは俺の台詞だな」
互いに睨み合い、
「「はぁあああああっ!!!」」
直後、二つの影が真正面から激突した。
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