141話 敵
竜が人の敵になる?
アベルの言うことが理解できず、眉をひそめてしまう。
そんな俺の反応は予想通りというように、彼は表情を変えることなく話を続ける。
「アルトさんは、竜は友達って言うけどね。そんなことはないよ。彼らは敵なんだ」
「どうして、そう思う?」
「……裏切られたからさ」
その言葉を口にする時のアベルは、ひどく辛そうな顔をしていた。
今までの笑みは消えて、とても苦い顔をしている。
それだけの、その言葉の重み、感情が増す。
「僕も、かつてはアルトさんのようなことを考えていたよ。竜は友達だ、一緒に生きる仲間だ、ってね。でも、それは間違いだった。ある日、てひどい裏切りを受けた」
「……」
「そして、僕は全てを失った」
アベルの身になにが起きたのか?
それを今、深く語るつもりはないようだ。
もしくは、語りたくないのかもしれない。
それは自分で自分の傷をえぐるような行為だから、やりたくないのかもしれない。
「竜は人よりも賢く、高潔な魂を持っているって言われているけど、あれはウソだね。僕たちとなにも変わらない。平気な顔をして他者を裏切り、陥れることができる。力を持っている分、とても厄介だ」
「だから、人の世界を壊す……か」
竜に頼りきりになると、人は自立することを忘れてしまう。
そして竜は、いずれ人を裏切り、牙を剥く。
それがアベルの主張なのだろう。
だから、人と竜の絆を断つために、今回の事件を引き起こした。
融和の証の一つである、竜騎士学院を潰すことにした。
「……ひとまず、アベルの言い分は理解した」
「それなら……」
「でも、理解するかどうか、納得するかどうか……それはまた、別の話だ」
俺は槍を構えた。
それがこちらの答えというように、鋭い視線を飛ばす。
「俺は、アベルの言うようなことにならないと信じている」
以前の俺ならば、あるいはアベルの言葉に賛同していたかもしれない。
もしかしたら、そういう可能性もあるのではないか? と、疑念を抱いていたかもしれない。
でも、今、そんなことは思わない。
欠片もない。
なぜなら……ユスティーナがいるから。
彼女と一緒に過ごしてきた時間が、俺に確かな答えを与えてくれる。
竜と一緒にいると、人は自立する力を失うと、アベルは言う。
しかし、そんなことはない。
ユスティーナは、基本、俺に甘いけれど……
でも、時に厳しく俺を見守り、育ててくれた。
一緒に歩み、寄り添ってきてくれた。
そうして隣で支えるということは、自立する力を奪うことにはならない。
むしろ、手助けをしているだろう。
「そして……竜が裏切るという可能性もまた、俺は欠片も信じていない。ユスティーナと一緒に過ごして、彼女のことを知っていって……それで、ますます確信したよ。竜は、これからも一緒に同じ道を歩いていく、友達なんだ……とな」
「……やれやれ」
アベルは残念そうにつぶやいて、同じく槍を構えた。
「竜の王女に気に入られているアルトさんは、今、一番竜に近い人だ。そんな人が仲間になってくれたら、どれほど心強いか。僕は、本気で誘っていたんだけどね」
「あいにくだけど、他をあたってくれ」
「まあ、仕方ないか。こうなる可能性も十分にあったし……うん、仕方ないね。アルトさんに譲れないものがあるように、僕にも譲れないものがある」
「ならば、後は力づくということになるな」
「そうだね。どちらが正しいか……勝者と敗者、今、決めようか」
アベルから恐ろしいほどの闘気があふれた。
思わず、身震いをしてしまう。
これが、12歳の子供が放つオーラなのか?
とんでもない。
熟練の戦士そのものであり、とてもじゃないけれど子供なんて思えない。
きっと、この領域に至るまでに色々なことがあったのだろう。
その経験が、竜は敵という思想に繋がっているのだろう。
でも、負けない。
どんな思いがあろうと。
どれだけの経験を積んできたとしても。
だからといって、俺が退く理由にはならない。
俺は俺で、積み重ねてきたものがある。
それはアベルに負けていないと、胸を張って言えるのだから。
「いざ」
「尋常に」
槍を握る手に力を入れて、
「「勝負っ!!」」
俺とアベルは同時に地面を蹴る。
――――――――――
「うらぁあああああっ!!!」
ホークの戦斧が、竜巻のごとく周囲の魔物をまとめて薙ぎ払う。
一刀両断。
逃れることはできず、全ての魔物が絶命した。
「さて、次はどいつだ?」
ホークは戦斧を肩に担ぎ、周囲の魔物たちを睨みつけた。
その迫力に押されるように、魔物たちが一歩、後ろに下がる。
ホークは街に残った予備戦力だ。
全ての聖騎士を外に出してはまずいと、待機していたのだけど……
突然、どこからともなく魔物たちがあふれだして、その駆逐を担当することに。
その戦闘力は圧倒的。
アルモートの憲兵隊のメンバーは、彼の規格外の力に畏敬の念すら覚えていた。
「すさまじいですね……さすが、ホーク殿」
「聖騎士の名は伊達ではありませんね」
「おっと、褒め言葉は後にしてくれよ。まだ終わっちゃいないからな」
「はい、そうですね」
残りの魔物を駆逐しようと、彼らが武器を構え直した時。
「……うん?」
その場にいるホークだけが、遠く離れたところで、爆発するように広がる強烈な闘気を感じ取った。
それは、アベルのものだ。
それなりの距離があるのだけど、それでも、ホークのような強者ならば感じとることができる。
「ふむ」
「ホーク殿?」
ホークが手を止めた。
そんな彼を見て、憲兵隊たちは不思議そうな顔をする。
「悪いな」
「え? なにがでしょうか?」
「合図が来たから、お遊びはここまでだ。お前ら、ここで死んでくれや」
あっさりと言い放つと、ホークは憲兵隊に向けて戦斧を振るう。
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