14話 愛情ドリンク
「アルト、ごはん食べよう」
昼休みになると、ユスティーナがそう誘ってきた。
そんなユスティーナを見て、彼女に声をかけようとしていたクラスメイトたちは顔を見合わせて、やめてしまう。
俺がいじめられっ子という立場は変わらず……
相変わらず、クラスでは腫れ物扱いだ。
積極的に加担していじめに参加する者もいれば、関わると巻き込まれるからと距離を置く者も多い。
まあ、今に始まったことじゃないので、今更気にすることじゃない。
元凶であるセドリックは、今日は欠席している。
ユスティーナ曰く、そのまま退学するだろう、とのことだ。
まあ、あんな目に遭えばそうなるよな……と、1割くらいは同情した。
残り9割の感情は、ざまあみろ、というものだが。
「ああ、食べようか」
ユスティーナの誘いを断るはずもなく、席を立つ。
「今日もサンドイッチを買うか? それとも、学食で食べてみるか?」
「屋上に行こう」
「ってことは、購買でサンドイッチか?」
「それについては、ちょっとした考えがあるんだ。ほらほら、早く」
「お、おいっ」
やけにうれしそうな顔をしたユスティーナに手を引かれて、屋上へ。
なんとなく……今のユスティーナは、ドッキリを企んでいる子供のように見えた。
屋上に出ると、まぶしい光が降り注いできた。
やや暑いくらいだ。
日陰に移動した。
「それで、ちょっとした考えっていうのは?」
「ふっふっふ……じゃーん!」
もったいぶるような仕草と共にユスティーナが取り出したものは……
「弁当?」
「うんっ。アルトに食べてほしくて、こっそり作ってきたんだ!」
「おぉ……」
ついつい感動的な声をこぼしてしまう。
女の子の手作り弁当。
それは男なら誰もが憧れるものだ。
それに、ユスティーナの料理の腕は証明済み。
ものすごく楽しみだ。
「食べてもいいのか?」
「もちろん。というか、アルトのために作ってきたんだから、食べてくれないと逆に困るよ。あと、寂しいかも」
「ありがとな」
弁当の入ったバスケットを受け取り、膝の上で開いた。
中身はサンドイッチと綺麗にカットされた果物。
それに肉を揚げたものも入っていて、ボリュームたっぷりだ。
「「いただきます」」
一緒に唱和して、さっそくサンドイッチを食べる。
「これは……」
これでもかというくらい、たくさんの野菜がパンに挟まれていた。
どのような手品を使っているのか、野菜はみずみずしく、鮮度が保たれていた。
シャキシャキのレタスに甘いトマト。
ハムときゅうり。
それらをまとめる、ピリ辛のソースが食欲を増進して……
「ど、どうかな……?」
「うん、うまい。すごくうまいよ」
「よかったぁ……お弁当なんて久しぶりだから、すごく緊張したよ」
「ユスティーナの腕なら心配いらないだろ」
「そんなことないよ。そりゃまあ、ちょっとは自信あったけどね? でもでも、好きな人が相手だと、ものすごく緊張しちゃうんだよ。まずいって言われたらどうしようとか残されたらどうしようとか、あれこれ考えちゃうの」
「大丈夫だ。ユスティーナが作ってくれたものを残すなんて、そんなもったいないことはしない」
「はぅ」
ユスティーナの顔が赤くなる。
太陽の日のせい……なんてことはない。
照れたんだろうけど……
こういう初心なところもあるんだよな。
ホント、一緒にいて飽きない子だ。
「あ、そうだ。ごはんを食べたら、これを飲んでおいて」
携帯用の水袋を渡された。
ほのかに甘い柑橘系の匂いがした。
「これは?」
「竜に伝わる秘伝の栄養ドリンクだよ」
「秘伝?」
「体の疲労を癒やしてくれるのと、成長を促してくれるのと、二つの効果があるの。人間が作る薬とかポーションとは大違いで、その効果はバッチリだよ」
「へえ、そんなものが」
「これがないと、さすがのアルトも厳しいと思うよ。先に飲んでおくことで後で効果が出るから、今のうちに飲んでおいて。これを飲んでおけば、筋肉痛も怖くないし、ものすごく成長できるよ」
「ありがとう、いただくよ」
ユスティーナが作ってくれた弁当をしっかりと味わいながら食べて……
それから、特製ドリンクをいただく。
「ん? これは……」
妙な味だった。
まずいというわけではないが、ほとんど味がしない。
柑橘系の匂いがするはずなのに、水のように味がない。
それに、ザラザラするというか……
なにか入っている?
「これ、材料はなんなんだ?」
「えっとね……」
ユスティーナは滋養強壮などの効果で知られる薬草の名前を30種類くらい挙げて……
「あとは、竜の角と竜の血かな」
「ごほっ!?」
突然、生々しい材料が挙げられて、おもわず噴き出しそうになった。
なんとか我慢して、問い返す。
「角と血、って……」
「……うん、ボクのものを入れておいたよ」
ユスティーナは、ちょっと気まずそうに目を逸らしていた。
「あー……やっぱり、引いちゃうかな? そこまでするなんて、まあ、普通じゃないよね……でもでも、ボク、アルトの力になりたくて、休み時間を使って急いで作ったんだけど……」
「いや、引くとかそんなことはない」
ユスティーナが俺のために作ってくれたものだ。
気持ち悪いとか、そんなことは思わないが……
「大丈夫なのか? 角とか血を使うなんて……」
「ボクの心配をしてくれているんだ……ありがと。でも、大丈夫だよ。角は少し削る程度だし、血も貧血にならない程度の量だから」
「そっか……それならよかった」
「こうすることで、疲労回復や成長促進だけじゃなくて、竜の力を取り込むことができるんだ。適性があるから、100%うまく取り込めるかどうか、それはわからないけど……でも、うん。アルトならきっと大丈夫!」
いつものように、ユスティーナは明るくにっこりと笑う。
俺に対する強い信頼がうかがえる。
俺は絶対に強くなることができる、と本気で考えているのがわかる。
……どうして、ユスティーナは出会ったばかりの俺のことを、ここまで信頼できるんだろうな?
一目惚れだから?
それとも、特に意味はない?
気になり、そのことを尋ねてみると……
「うーん……なんていうか、言葉にしづらいんだけど、竜としての直感かな?」
まさかの勘だった。
「ユスティーナって、物事を考えてるようで考えてないよな」
「むぅー、バカにしてる?」
「いや……すまん」
「認められた!?」
拗ねるユスティーナをなんとかなだめ、話を続ける。
「竜の直感をバカにしたらいけないよ。自慢じゃないけど、竜は色々な感覚に優れているんだからね」
「それは、まあ」
「ボクはまだ15年しか生きてないけど……それでも、わかるんだ。ボクの勘と心が告げているんだ。アルトは、絶対にすごい竜騎士になる、って。そして、ボクと一緒に大空を翔けるんだ、って」
「ユスティーナを騎竜にすることは決定なのか……」
「なにさー、イヤなの?」
「そんなことはない。ただ、俺なんかじゃあふさわしくないような気がしたんだ」
「またそういうことを言う」
「すまない。今までの俺がこんな感じだから、急に変えることは難しいんだ。ただ……」
ユスティーナをまっすぐに見る。
「強くなれるというユスティーナの言葉を信じて、できることをやり、がんばり続けたいと思う」
「うんっ、それでこそアルトだよ!」
ユスティーナがにっこりと笑う。
この笑顔に応えられるようにならないといけないな。
――――――――――
その後もユスティーナの特訓は続いた。
といっても、内容は初日と変わらない。
竜の枷をずっとつけて……
ユスティーナ特製の栄養ドリンクを飲む。
それの繰り返しだ。
言葉にすると簡単だが、実際はかなり辛い。
起きている時も寝る時も、どんな時も重力が2倍なので、体に対する負担が半端ない。
ユスティーナの栄養ドリンクがあるとはいえ、最初の頃は全身筋肉痛になったし……
スムーズに動くことができず、転ぶなどして生傷が絶えなかった。
しかし、日々が流れるにつれて慣れていき……
ある程度の日々が過ぎた頃には、今までと変わらない調子で動くことができるようになった。
いつの間にか、筋肉痛になることもなくなっていた。
ユスティーナ曰く、重力2倍という状況に慣れるほど、体が鍛えられたのだという。
正直なところ、鍛えられたという実感はない。
それでも、ユスティーナを信じて特訓に励み……
そして、一ヶ月が過ぎた。
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