134話 動乱の一日の始まり
特に何事もなく平和な時間が流れていく。
穏やかなのは良いことなのだけど、ここまでなにもないと逆に不安になる。
もしかして、テロ予告はただのハッタリだったのだろうか?
アベルはなにもするつもりはないのだろうか?
……いや、それは考えづらいな。
明確な根拠があるわけではないが、アベルはそんなつまらないウソをつく人に思えない。
やると言えば絶対にやるタイプに見えた。
ハッタリをかますなんてこと、まずありえない。
そうなると……そろそろ仕掛けてくる頃だろうか?
「アールートー!」
「あっ……」
気がつけば、ユスティーナが膨れ顔になっていた。
ボクは今不機嫌ですよ、と全力でアピールしている。
「また考え事してたでしょ? もうっ、隣にこんなにかわいい女の子がいるんだから、ボクのことだけを見ていないとダメなんだからね!?」
「……すまない。つい」
「うーん……なにか起きるかもしれない、って懸念しているの?」
周囲に聞こえないように、声を潜めて尋ねてくる。
俺も小声で応える。
「ああ。アベルがテロ予告を出したのならば、確実に動くはずだ。ブラフなんてことはありえない……まあ、俺の感想で確かな根拠はないのだけど」
「アルトが言うなら、ボクは信じるよ」
ユスティーナは迷うことなく即答した。
その瞳には、俺に対する絶対的な信頼が宿っている。
「……ユスティーナは、どうしてそこまで俺を信じられるんだ? 俺が間違っている可能性もあるだろう?」
「そうだね。でも……」
にっこりと笑い、頬を染めながら告げる。
「好きな男の子の言うことをボクが信じなくて誰が信じるのさ」
「……」
「どうしたの?」
「いや、なんていうか……失礼な感想なのだけど、今、ユスティーナがとても男らしく見えた」
「えぇ!? ボク、女の子なのに!」
「すまない。ただ、とても凛々しくてかっこよかったから、ついそんな感想を」
「うーん……まあ、いいや。褒め言葉として受け取っておこうかな」
にひひ、という感じでユスティーナが笑う。
出会った頃よりも感情表現の幅が増えているような気がした。
彼女も成長している、ということなのだろうか?
「いたっ!」
ふと、ひどく慌てたような声が聞こえた。
振り返ると、ククルの姿が。
男装したままの姿で、こちらに駆けてくる。
その顔を見て、嫌な予感を覚える。
「アルト殿! エルトセルクさん! 大変でありますっ」
「もしかして……」
「アベルが動きはじめました!」
――――――――――
王都の外に出て、数キロメートルほど離れたところに広大な森がある。
多少の魔物は生息しているが、それよりも一般的な動物の方が多い。
普段は野生動物たちの住処となっていて、穏やかな時間が流れているのだけど……
今、森の中は地獄と化していた。
魔物、魔物、魔物……
広大な敷地を埋め尽くすかのように、大量の魔物があふれていた。
野生動物たちを食らい、あるいは意味もなく虐殺する。
己の存在を誇示するかのように自然を破壊する。
やりたい放題だ。
しかし、そのまま森の外に溢れ出ることはない。
強者の命令を受けているかのように、暴れながらも、その場に留まっている。
そうした命令を出しているのは、1000人あまりの傭兵だ。
彼らは特殊な魔道具を使い、一人で30匹あまりの魔物をコントロールしている。
ちなみに、魔道具は彼らの雇い主から与えられたものだ。
そんなものが開発されていたなんて聞いたことはないが……
しかし、そんなことはどうでもいい。
傭兵である彼らは、金さえもらえればいいのだから。
金のためならなんでもやる、犯罪者と変わらない存在なのだから。
「さて……そろそろでしょうか」
魔物の群れ、傭兵たちの中心に、一人の女がいた。
『リベリオン』の構成メンバーであり、アベルと同じ幹部だ。
その名前は、イヴと呼ばれている。
本名なのか偽名なのか、それは誰にもわからない。
「みなさん、そろそろお仕事の時間ですよ」
イヴは特別大きな声をあげたわけではない。
それなのに、その声はよく通り、響いた。
興奮していた魔物たちが静まり、傭兵たちも口を閉じる。
その光景は、イヴを女神と崇める信徒の集まりのようだ。
彼女の言葉は絶対。
一言たりとも聞き逃さないというような感じで、人も魔物もおとなしくなる。
「進軍先は、竜国アルモートの王都。目的は……そうですね、特にありません。各々、思うがまま好きに暴れてください」
「なにをしてもいいってことですかい?」
傭兵の一人が疑問を口にした。
イヴは涼しい顔をして、とんでもない返答を口にする。
「ええ、そうですね。なにをしても構いません。略奪、暴行、殺戮……なんでも構いません。犯罪の類であるのならば、なんでも」
「へへっ、それなら俺の得意分野だぜ」
「魔物ばかり狩るのも飽きてきたところだからな」
「人間狩りとか最高じゃねえか」
それぞれに好戦的な顔をして、なかなかに腐ったことを口にするのだけど、
「その意気です。アルモートを崩壊させるつもりで、おもいきり暴れてください」
肯定する言葉を発するイヴの方が恐ろしいと、傭兵たちは背中に冷たい汗をかいた。
国一つを崩壊させろと、イブは言う。
涼しい顔をして、迷いを欠片も見せることなく、淡々と。
感情を持たないと言われても納得してしまいそうだ。
「とはいえ、そうそう簡単にはいかないでしょう。敵もバカではありません。私たちの動きはすでに察知されていると考えた方がいいでしょう。王都に入る前に、守備隊と激突するでしょう」
「竜を相手にするのは、さすがにきついな……」
「大丈夫ですよ」
やはり表情を変えることなく、イブは声のトーンを変えずに、そうすることが当たり前のように言う。
「竜は、私が相手をしましょう」
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