131話 二人で楽しもう
アベルの予告は今日。
事前のククルの話によると、この学院が狙われる可能性が高いという。
竜友祭を楽しみながらも……
俺は常に警戒を持ち、いつなにが起きてもいいように心構えをしていた。
ただ、今のところなにも起きていない。
なにかが起きる兆候もない。
同じく事情を知るグランたちは、本当にテロなんて起きるのだろうか? と懐疑的だった。
そう思う気持ちもわからないではないが……
俺は、アベルが行動を起こすと、ほぼほぼ確信していた。
確信した、と言いながらも、根拠はない。
アベルと実際に顔を合わせたことによる、感想だ。
でも、それが外れるとは思えないんだよな。
できれば外れてほしいのだけど……
「アールート!」
「うわっ」
突然、ユスティーナの顔がアップになり、驚いてしまう。
「ど、どうしたんだ?」
「どうしたんだ、じゃないよー。さっきから何度もボク、話しかけているのに、ぜんぜん返事をしてくれないんだもん」
「そうなのか……すまない。ちょっと考え事をしてた」
時間が経つにつれてアベルのことが気になり、思考が明後日に飛んでいたみたいだ。
これが接客中だったら大変なことになるが、今は違う。
竜友祭を楽しめるように、午前と午後で交代制となっている。
俺は午前の担当なので、もう終わりだ。
女装も終わり。
いつもの姿に戻り、更衣室を後にしたところだ。
ユスティーナも男装をやめて、スカート姿に。
そのまま俺を待ってくれていたらしい。
「それで、どうしたんだ?」
「うん。えっとね……ボクと一緒に、学院を見て回らない?」
ちょっと照れた様子で。
少し勇気を込めた様子で。
ユスティーナは、そんな風に俺を誘う。
「それは……」
迷う。
竜友祭を楽しみたいという気持ちはある。
ただ、アベルがなにかするかもしれないという危惧もある。
そんな中、のんびりと楽しんでいていいのだろうか?
事件が起きた時に備えて、常に警戒を……
「もうっ、アルト!」
「あっ……す、すまない」
また考え込んでしまっていたみたいだ。
ユスティーナが拗ねた顔になり、慌てて謝る。
「この前の子供のこと、考えているの?」
「そうだな……」
「まったく考えるな、とは言わないし、そうしたらいけないんだろうけど……少しは忘れた方がいいよ? 考えっぱなしだと疲れちゃうし、いざっていう時にうまく動けなくなっちゃうと思うんだよね」
「それは……」
「適度な息抜きは必要だよ? だから、ボクと一緒に学院を見て回ろう? 大丈夫。いざとなったらボクがいるし、あと、お父さんお母さんにも色々と頼んでおいたから。切り札もあるし……大丈夫だよ!」
そう言われると、そんな気がしてきた。
我ながら単純だと思うが……
でも、ユスティーナの言葉なら誰よりも信じることができるのだ。
「……そうだな。多少は気を抜かないと、いざという時にダメになるだろうし……それに、せっかくのお祭りだ。楽しまないと損か」
「うんうんっ、そうだよ!」
「じゃあ、みんなを誘って見て回ろうか」
「えぇ……」
ユスティーナが、それはないよぉ、と言うような感じで絶望的な顔になる。
それを見て、ついつい笑ってしまう。
「冗談だ」
「え?」
「いくらなんでも、そんな野暮なことは言わないさ。ユスティーナは、俺と二人がいいんだよな?」
「うんっ!」
「なら、二人で見て回ろうか。ノルンは……グランとジニーに任せよう」
「もう……アルトってば、意地悪が過ぎるよー。本気で言ってるのかって、ちょっと焦っちゃったよ」
「なんでか、ユスティーナの困った顔を見てみたいと思ったんだ」
「意地悪だぁ……でもでも、そんなアルトも好き」
とことん、めげないユスティーナであった。
よく、恋する乙女は強いという話を聞くが……
ユスティーナは、まさにその代表格ではないだろうか?
そんなことを思う。
「アルト殿! エルトセルクさん!」
男装姿のククルがこちらにやってきた。
ククルは午後の担当なのだ。
「お二人は、これから学院内を?」
「ああ、そのつもりだ」
「その……楽しみにしているところ、水を差してしまうようで申しわけないのですが、こちらを」
ククルが差し出した手には、イヤリングのようなものが二つ、乗せられていた。
俺とユスティーナで、一つずつ受け取る。
「これは?」
「通信機であります。学院の敷地内であれば、連絡を取り合うことができます」
「へぇ……すごいな。こんな小さいのに」
「フィリアの技術を結集して作られたものなので」
そう言うククルは、どこか自慢げだ。
祖国の高い技術力を誇りに思っているのだろう。
「いざという時は、これで連絡を取り合いましょう。これだけの小型サイズなので、頻繁に使用することはできないという問題があるのですが……」
「試しに使ってみるくらいは問題ないか? 軽く性能を確かめておきたいんだ」
「はい、それくらいならば問題ないかと」
「じゃあ、適当なタイミングでククルに連絡をとるよ」
「わかりましたであります」
そこで話を区切り、ククルはこちらをじっと見る。
「お二人は、これから学院を?」
「そのつもりだ」
「ふむ……」
なにやら考える顔に。
「どうしたんだ? やっぱり、ずっと警戒していた方がいいか?」
「あ、いえ。そのようなことはないのであります。それに、いざという時は自分たちに任せてほしいのであります。アルト殿たちに頼ってばかりではいられないのです」
なら、なんで微妙な顔をしていたのだろうか?
まるで、俺とユスティーナが二人きりになることを、モヤモヤと思っているような……
いや、さすがにそれはないだろう。
「んー」
ふと、ユスティーナも考えるような顔に。
少しの間を置いて、ククルに問いかける。
「せっかくだから、ククルも一緒に来る?」
「「えっ!?」」
俺とククル、同時に驚きの声をあげてしまう。
今日から更新を再開します。
よろしくお願いします。